1/1
前へ
/18ページ
次へ

 入社して一か月ちょいの新入社員のボクに、アカツキ製薬の看板を背負わせるなよ。変な恰好って言われたのも、むかつく。あれは、ボクが、この世でもっともカッコいい、と思っている女性キャラの服だ。形だけでも真似て心を奮い立たせないと、やっていられない日もあるんだ。 「わが社は、君たちの個性を尊重する。君たちも個性を活かして、わが社に貢献してほしい」  と社長も入社式で言っていた。あの日の社長の言葉はよかったな。 「『薬で人を幸せにする』が、わが社の社是だ。創業以来、七十年もの間、君たちの先輩が、そうやって、薬を通じて人々の幸せに貢献してきた。今日から、君たちもその仲間になる。  お客様を幸せにするには、まず従業員が幸せにならなくてはならない。だから、私は社長として、君たちを幸せにしたい。ガバナンスとコンプライアンスに注意しながら、ダイバーシティを尊重して経営を行う。君たちが当社に入社してよかったと思えるように」  社長の挨拶と課長の言っていることは、あまりに違いすぎないか。 「こら太田! こんな簡単なこともまともにできんのか!」  フロアの向こうの端から、秘書課長の怒鳴り声がした。秘書課長の前で、長身の美女が青ざめた顔をしていた。あの子は、いつきの同期、名前は確か‥‥太田早苗と言ったっけ。
/18ページ

最初のコメントを投稿しよう!

9人が本棚に入れています
本棚に追加