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 その頃、九階の役員専用階では、役員会が開かれていた。 「社長は今日も欠席か。どこに出張だ、室長?」 「営業部長とアメリカです、副社長。当社に買収希望の会社がある、という商談で、急な話だったので」 「それでも我々に連絡はしてもらわないとな、管理本部長」 「以後、気をつけます」 「社長も大変だ。何とか業績を上向かせようとしている。皆、社長の苦労はわかっているな。このままだと、当社は創業以来の大赤字を抱える。何としても、そんな事態を避けねばならぬ。そうだな、管理本部長」 「はい、発表すれば、株価が暴落します」 「とにかく利益を上げるんだ。新薬の治験は終わったのか、品質保証部長」 「終りましたが、副反応のデータが思いのほか出てきましたので、処方を変えて、やり直します」 「これでまた承認申請が遅れるのか。せめて新薬の発表だけでもできないか。何とかならんか」 「鋭意努力します」  副社長がため息をついた。 「みんな知恵を出せ、工夫しろ。死力を尽くせ。綺麗ごとはいい。ガバナンスとかコンプライアンスとか、訳の分からん横文字が多すぎる。生き残ることが至上命題だ。この厳しい競争世界に勝ち抜いて」 「入社式の社長の挨拶はよかったと思います」  開発部長が言った。 「『薬で人を幸せにする』の辺りとか」 「あれは、先代の言葉だ」  と副社長は一蹴する。 「とにかく、この苦境を乗り越えるために、新薬の開発を急ぐと共に、全社的なコストダウンを進めること。管理本部長には、その先鋒になってもらわなくてはな。しかし、社員の退社を防ぐため、取締役会の内容は一般社員には秘密だ。そして、変革には人だ。人材が必要だ。管理本部長、今年の新入社員にモノになりそうな男はいるか?」 「まだ分かりません。見極めているところです、副社長」 「そうか。トラブルは起きていないだろうな。そう言えば、管理本部長、君のところに問題児がいる、と聞いたが」 「新入社員は個性豊かですが、問題児はいませんよ」 「個性、ダイバーシティ。社長の好きそうな言葉だな」  副社長は鼻で哂った。 「社会人の個性なんて、必要とされた時に出せばいいんだ。その時までしまって置いてくれ」 「とにかく会社の発展には、人材の活用、能力開発が欠かせません。適材適所の配置かどうか、既存社員も含めて見直します。室長、例のプロジェクトは進んでいるか」 「はい、資料はこちらです」
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