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ゴーゴー超特急
駅に着く途中のコンビニでようやく公衆電話をみつけ、椎名さんはコレクトコールを試みる。
普通オフの日はコレクトコールを使えないのだが、昨日までやっていたシゴトの暗証番号がまだ活きていたようだ。つながる予感がしてきた。
椎名さん、受話器を手に天をあおぐ。
ああ、少しずつ運が上向いてきたのか?
支部のハルさんが無事、つかまった。
「あれ、サンちゃん」与太話になりそうなところをあわてて
「緊急で、お願い」
と新幹線の予約を頼む。
「なる早で新潟まで行きたい、あるかな」
「ええっと」
こういう時は、余分な口をきかない。パソコンをうつ音がひびいている。
「東京発15時12分、間に合いそう? サンちゃん」
「今何時?」
「えっとお、14時37分」
「じゃあ行けそう」
ハルさん、残念そうに告げる。
「このシーズン、座席はいっぱいだってさ。どーする?」
「自由席頼む。金は持ってないから買っといて」
後は改札の場所と車の受け渡しについて短くやり取りして、電話が切れた。
上越新幹線、東京駅発15時12分にどうにか間に合った。
季節的に、かなりの混み具合だった。
肩を狭めて通路に立ったものの、周りの目が冷たい。
椎名さん、自分の姿をドアのガラスに映して納得する。
髪はボサボサ、Tシャツは鉤裂きだらけ、サンダル履き、全身切り傷やら黒い油の汚れやら。
どうひいき目にみても、新幹線で遠くに用事のある人にはみえない。
ひとつだけいいことがあった。
臭くなってきたのか、誰も近くに寄ってこない。彼の周りだけ微妙に余裕のある空間ができている。
検札も一度来たが、やけに丁寧に切符を改め、裏までひっくり返し、最後にじろじろと彼の姿を見て、何か言いかけたが結局あきらめて去っていってくれた。
―― 私は、ただの通りすがりです。
と全身から『通行人A』感を発散させつつ、腕を組んだままひたすら耐え忍ぶ。
金もないので、着替えも買えないし弁当も食えない。
車は乗り捨てでいい、と言われていたので東京駅でもMIROCのスタッフには会っていない。
休みの日なので会いたくもなかったが、それでももう少し金を借りておけばよかった、と新幹線に乗ってから後悔した。
でも私用だし、これ以上は職権乱用できないのも重々承知だった。
首筋がちくちくと痒い。
片手をのばして掻いてみた。できた傷に汗が滲みたようだ。
手を戻すと、爪の間に赤いかさぶたの一部と黒い垢が詰まっていた。
あちこちにかすり傷やらみみず腫れもあるらしく、急にあちこち痛がゆくなってきた。
ふと視線を感じて前をみると、小さい男の子を連れた母親と目が合った。一部始終を見ていたらしく、かすかにイヤな顔をしている。
彼はえへん、と軽く咳払いして、爪の間の垢を見えない位置に弾き飛ばし、左腕についていたかすり傷をかくすように腕を組み直して、さりげなく窓の方に向き直った。
腹がぐうぐう鳴っている。
なけなしの200円余りを食料に使おうか、新潟に着くまでの2時間ちょっと、ずっと真剣に考える椎名さんであった。
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