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浪花節だよ、詰まるトコ
針のむしろのごとき新幹線を降りたのが17時20分。
とうとう我慢できなくなって、キオスクで缶コーヒーを買った。
一気に飲み干してから、少しだけ、人心地ついた。
しかし残金は百円ぽっきりだ。
これで姉御に会えなかったら、どうなることか。
あえて考えないことにして椎名さんは前に進む。
まずキオスク近くのゴミ箱で新聞を拾い、二枚ほどを小さく畳んでジーンズのポケットに入れた。外から見れば財布くらいの膨らみに見えるだろうか。
それから、堂々とタクシーを拾った。
「新潟空港、急いでくれ」
運転手は、すぐに動かなかった。ゆっくりと半分ふり向いて
「お客さん、悪いけどこれ貸し切り……」
と。即、乗車拒否。見る目は確かだ。
『シェイク』ならすぐに動かせるだろう、だが。
―― 今日は最初から最後まで、『アレ』は使いたくない、絶対に。
いいよサンちゃん、今日はオフなんだから、オレが何とかするから、と彼はめまぐるしく、頭の中で作り話カードをシャッフルする。
よし、これでいってみよう。
まず、わっと泣いてみせた。
「30年ぶりに、会えると思ったのによぉ、アイツに」
「え?」
「大宮から駆けつけたんだ、妹に会えると思って」よよと泣き崩れる。
「……どうしたんだって?」
ようやく食いついてきた。
「親が別れてよ、きょうだい離ればなれになっちまったんだ、昔さ。アイツとはそれっきり……外国に連れてかれちまって、あっちで結婚してよ」
うんうん、と聞いているので泣きながらもさりげなく座席に座る。
「今まで一度も会ってないのかい?」
彼は涙をふいてうなずく。
「だってよ、会わせる顔なんてなかったさ。オレなんて、ずっとブラブラしてて、借金だらけ……妹はさ、金持ちと結婚して幸せだったらしいし。会いたいなんて連絡したら、たかりだと思われちまう。それでもようやくまっとうな仕事について、小金もたまったし世間様に恥ずかしくない程度になったんでさ……それが今日に限って親方が倒れちまったんで、オレがずっと現場にいなくちゃならなかった。それでこんな時間に……妹はもう、帰っちまったかも……飛行機で」
運転手はすでに可哀そうな身の上にすっかりまいっている。
「あんたそれ、たぶんさ、ロシアだろ、ロシア」
「なんで知ってんだい?」
ぱっと顔を起こす。運転手が訳知り顔で言った。
「午後からずっと、ロシアの小型が空港にいた、いつもは来ないが、たまに金持ちがチャーターするらしい」
「それだ」
目をかがやかせてみる。「アイツ、ウラジオストックに住んでるんだ」
「日暮れ前には出るって言ってたな……」
運転手は腕時計をみた。
「まだ間に合うかも、よっしゃ」
タクシーは動き出した。
信号で運転手がふり返って言った。
「だいじょうぶ、きっと会えるよ、オトウトさんに」
少し勘違いしているが、とりあえず黙ってうなずく椎名さんであった。
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