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マジで飛び立つ五秒前(?)
空港は、こじんまりしたたたずまいを見せている。
どこか地方のバスターミナルにも似た匂いがした。
夕方近いせいか、ほとんど人影もない。建物の向こうにすぐ、滑走路がみえる。
「お客さん、あんた、ほれ」
運転手が指さすほうに、やや小型の飛行機が止まっていた。
「ロシアだね、やっぱり」
西日の中、ぽつんと一機、それでもツポレフのジェット機だ。
一丁前に、尾翼に『АЭРOФЛOТ(アエロフロート)]』と水色の文字が入っている。
「運転手さん、待っててくれる? すぐ会ってくる」
「もう乗り込んでるかもしれないよ、そしたら」
「わかってる、会えなくても30分で戻るから」
走りだしてふり向いたが、タクシーは少し移動しただけで、待機エリアにそのまま停車した。
彼は空港に入り、物陰にかくれてからあたりをうかがう。
免税店も電気が消えていた。
ふと、外に停まった飛行機に目をやる。タラップがまだついていた。
と、中から制服の男が降りてくるのが見えた。
パイロットだ。空港施設の脇の方に向かっている。
彼は、そっと近づいていった。
途中、鍵のついたドアを二つ開ける。玲子のマンションを開けた時に使ったピンをしっかり持っていてよかった。しかも手際もよくなったし。
パイロットは、職員用トイレに入ったところだった。
椎名さんは首をひねる。
コイツら、規則はどうなっているんだろう? 離陸前にこんな所に寄っていいのか?
まあいいや、と気を取り直す。ちょうど都合がいい。
彼は少し待ってから、そっと中にすべりこんだ。
ロシア人は個室に入ったらしく、ごそごそと音がしている。彼は入り口近くの手洗いで手を洗っているフリをした。
大柄な金髪の男が、のっそりと個室から出て来た。かなり頑丈そうだ。
「あ、」
椎名さんびっくりしたような顔をしてみる。「すみません、えと」
一つしかない洗面台からどくと、無表情なまま、それでも少し用心したように近寄り、蛇口をひねった。その時を見計らって
「ストップ」
後ろから、見えないように新聞紙のたたんだのを彼の脇に突き付けた。
「手を挙げろ」
よかった、パイロットは英語が通じたのか、それとも思いが通じたのか、ちゃんと手を挙げた。
椎名さんはパイロットの上着をめくり、銃をみつけてホルダーから外した。アエロフロートのパイロットはテロ対策に銃を持っている、と聞いたことはあったが実際に確認したのは初めてだった。
それともこの便が怪しいチャーターだからなのだろうか。
「危害を加えるつもりはない、服を貸せ」
銃を本物に持ちかえ、一歩離れる。
鏡に映った脅迫者の姿をみて、パイロットは今度こそ逆らえないと悟ったらしく、おとなしく上着から脱ぎ始めた。
素直な人でよかった。と椎名さんは神に感謝した。
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