「コショー買ってきて、って言ったよね確か」

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「コショー買ってきて、って言ったよね確か」

 玲子から借りた、というより恵んでもらった金で、更に電車を乗り継いでタクシーにも乗り換え、ようやくスーパーふじよしの駐車場にたどり着いた時には、時刻はすでに夜の10時半をまわっていた。  ここまでずっと、乗客やタクシーの運転手、通行人からジロジロ見られて(上着をどこかで捨てようかと思ったが、その下に銃をホルスターごとつけたままだったと後で気づいて、着たままでいた。暑くて死にそう)、最後には見られていることも全然気にならなくなった椎名さん、それでも自分のチャリがぽつりと暗い駐輪場に置いたままになっているのを見たら、急にへなへなと膝の力が抜けた。  結局、コショーは買えず終いだったな。  力なくペダルをこぎながら、我が家へと向かう。  ぴんぽーん  数分たって、インターホンから低い返答が 「はい」  すげえ怒ってる。椎名さんは下を向いたまま言った。 「すみません、お宅のダンナですが、開けていただけますか」  また数分たった。しかたなくもう一回ベルを押す。    ぴん、ぽーん 「すみません、開けて下さい」  しばらくして、ようやく返事があった。質問の形をとった詰問。 「お願いしたコショーは?」 「買えませんでした」 「今何時か分かる?」 「ええと……約11時、かな」  ためらいがちにつけ加える。「夜の、ですけど」  かちゃ、とドアが開く。由利香は非情のオーラを漂わせ、彼の前に立っていた。 「そのコスプレは」 「借りました」 「会社から電話があったけど……聞きたいですか?」 「いえ別に」 「……まずはヨコハマの総務から。タクシー代は、本部の方に返しておきましたので、明日領収書をください。これが一つ。他にも聞きたい?」 「今はいいです」しかも領収書なんてない。頭になかったし。 「新潟までの新幹線チケットは、どこの部門コードで処理しますか? それともう一つ」 「はい」 「飛行機の会社から、服を返して下さい、って連絡が入っているって」 「了解です」 「まだある。トーキョーの本部、それから警察から、それからまたヨコハマの技術部から」 「明日まとめて、カイシャでお聞きします」  一歩中に入ろうとしたとたん、由利香に阻まれた。やはりすごい力だ。 「うちのダンナは、パイロットではありません。それにアタシは電話番ではありませんので。お帰りください」  気がついたら外に放り出されていた。  ばたん、とドアがしまり、がちゃ、と鍵がかかった。 「おい、開けろよ」  どんどんどん、更にドアを叩こうとしたが、急にぴたりと手を止めた。  隣近所の目がこわい。  声を忍ばせて、呼び続ける。  だが、中の電気は消えてしまった。  しばらくして、彼はようやくあきらめて一旦カーポートへ降りる。  それから、カーポートの後ろ、小さな物置からレジャーシートを出してきた。  車のキーがあれば車内で眠れるけど、それもないので今夜は野宿でしょう。  そうですね、野宿はどこがいいでしょうか、やっぱり敷地内でしょうね、と心の中で1人会話しながらまた玄関に戻った。  レジャーシートには、かわいげな動物たちのイラストが並んでいる。  英語で 「ARE YOU HAPPY?」  と書かれていた。 「今は答えたくない」  絵に描かれたウサギに言ってみた。
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