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「コショー?」
ならいいじゃん、んな知るか、とまた眠ろうとしたとたん、もっと揺すられた。
「よくないのよう」
「いいじゃん。ビンをさ、ハシかなんかでこう……中をかき出してさ、その」
すでにまた半分夢の中にいる。
昨夜も帰りが遅かったのだ、しかももともと昨日だって休みだったのに、急な呼び出しだった。
「全然残ってないのよう。粗挽きだから、きれいになくなっちゃったの」
アラビキだか何だか、よく分からないがとりあえず
「いいじゃん」
貴生はまた繰り返してみる。
「なくても、何とかなるだろ」
全然、説得力がないのは自分でもよく判っていた。
それでもあきらめただろう、と勝手に安堵したものの気配が去ったようすがないので、額に載せた腕の間から薄く目を開けてみる。
くちびる噛みしめ、由利香はじっと枕元に立っていた。
そして、急にまた彼をゆさゆさと揺さぶる。
「買ってきて」
おねだりと命令のベスト・ミックスで、彼の目をじっと見つめる攻撃だ。
「えっ?」
「買ってきて」
「今から?スーパー? ふじよし?」
「どこでもいいわよ、近い所で」
「そんなに必要?」
「ひ、つ、よう、な、の、よお」
地団太踏むところなんか、娘のまどかにそっくりだ。
しかし、何だコイツは?
コショーの禁断症状か何かか?
貴生、だんだん腹が立ってきた。
「おねがい、買ってきて」
「めんどくせえ」
「今夜の仕込み、今やっとくのよ。もう肉解凍したし」
「早えーよ、まだ朝じゃん」
「おいしいモノ食べるには仕込みは重要なのよっ」
「はいはい」
「じゃあ、起きる」
由利香の方が全然か弱いはずなのに、なぜか起こされて、パジャマを脱がされている。
「アラビキよ、お願いねえ」
気がついた時には、
ばたん!
玄関のドアはしっかりと閉ざされ、その外に呆然と立っていたのは、ラフなTシャツにジーンズといういでたちの椎名のダンナひとり。
「お、おい開けろ、ちょっと何だよいいかオマエだいたいな……」
既に戸口のところに由利香の気配はなかった。
お財布だけは奇跡的に持たせて頂いて、ため息ひとつ、椎名さんは倉庫の自転車を引っ張り出した。
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