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「何が、まさか、よ」
腕を軽く組んで車に寄りかかると、スリットから艶めかしい足が白くのぞく。トリでもちょうど、おいしそうな部分だろう。
「ダイジョウブよ、ダンナの恨みを晴らしにきたワケじゃないから」
以前、業務上、土地開発の件でからんだ姉御だった。名前は確か、
「朝倉さん……」
「ダンナとは切れたの」
口調は冷たかったが、グラサンの奥の目は楽しそうにきらめいていた。
「玲子って呼んでちょうだいよ、リーダー」
「あ、レイコさん……切れた、って? 離婚した?」
「ああ、あの人、あと7年はオリの中だし、レイコにも好きにしていいよ、って。で、別れたの」
「ふうん」
なんて答えたらいいやら。自分がオリの中に入れた張本人なので。
利権がらみで少なくとも同業者を3人は始末していた男だったが、それでもサンライズたちの働きのおかげで、改心が認められ10年まで刑を短縮できた。
感謝されていいくらいだが、そこまで期待はしていない。
「ねえリーダー、この近くの人なんだ?」
答えたくはなかったが、あまりにも無邪気な聞き方なのでしぶしぶ
「え、まあ……その先の方」
あやふやに東方向を指す。
「あっらあ、グウゼン」
玲子、少女のように手をたたいた。
「レイコね、この近くに越してきたのよ。沢町2丁目のルミナリオマンション」
すごく近い。
彼が住む日の出町から車で15分以内の距離。このスーパーからなら5キロもない。
マンションの名前は聞いたことがある。最近できたばかりで、この近辺では超高級の部類に入る。
「へえ、病院の近くのだろ」
「そ、そこなのよ」
急にうれしそうに玲子が言った。
「ね、ちょっとお茶飲みにいらっしゃいよ」
「え?」
椎名さんは固まった。それは困る。
「ここから車に一緒に乗ってけばいいわ」
「オレ、買い物の途中なんですケド」
「何買うの? 人質?」
「いや……今日はお休みです」言葉を切って愛想笑い。
「アラビキコショーをね」
「えええ?」玲子はおお受けだ。
「リーダーが、アラビキコショー?」
―― 笑いすぎだ、姉御。
口を尖らせた彼を見ながら、涙をふきふき、玲子が言った。
「ゴメンゴメン、でもそんなに急ぎじゃないでしょ? ほんの30分かそこらよ。ロンドンからおいしいお茶が届いたの、再会の記念にぜひ、御馳走したいわ」
「でもなあ」
「いいからいいから」
椎名さんを車の方に押していく。そしてふっと真顔になる。
「リーダー、こないだ別れる時に言った。レイコさん(いや、オレは朝倉さん、としか呼んだことない。まだダンナが逮捕されてなかったから)、次に会う時には一緒に茶でもしましょう……って」
「……言ったかなあ」
「言ったわよ。レイコ、記憶力はバツグンだから」
そしてまた弾けるように笑う。
「自転車、カギかけて。ここまでちゃんと送るからさ、そうね……一時間後には必ず」
「ホントに、お茶だけだぞ」
「だいじょうぶ、だいじょうぶって」それはオトコのセリフだ。
そうして今度は、赤い車に詰め込まれた椎名さんであった。
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