2人が本棚に入れています
本棚に追加
ふたりでお茶を?
案内されたマンションの一室、玲子の住む2504号室は、広々として快適そうだった。
椎名さん、おそるおそる中に入った。
エアコンが元々きいていたのか、部屋の中はほどほどに涼しい。
窓の外には横浜のパノラマが広がっている。
「いい景色だ」
思わず、つぶやく。
さすが痩せても枯れてもセレブは違う。
マンションは、この新興住宅地帯の緩やかな丘の上にそびえたち、周りの家々を睥睨していた。
「いいでしょ? レイコもまだ来たばっかりで、よく分からないけどここ、いい場所よね」
今日はツイてるわ、出かけて早々アナタにも会えたし。と、玲子ははしゃいだようにカップやポットを用意している。
「待ってね、お湯沸かすから」
このお茶、ってすぐできるのかな、少し心配になった頃
「待って」
玲子が、ポットを高く持ち上げたまま身をこわばらせた。
「……今、何か音が」
とたんに、玄関ドアが勢いよく開く音。
「玲子ちゃん、いるぅ?」
「テラモト?」玲子の顔色が変わる。
「どうして? もうバレたの、ここが」
やっぱり今でもキナ臭い暮らしの渦中だったのか?
玲子はおろおろして、椎名さんを隠す場所を探している。
「どうしよ、リーダー、ヤツが来る」
「ダレそれ」
「テラモト、ダンナの連れ」
リーダーをクローゼットに押し込めようとしながら、彼女は大声をだした。
「待って、着替え中なの」
「では見せてもらおうかしらん」
「やめてよ」
「どこにいるのぉ?」
「今そっちに行くわ」
言ってるうちに、
「じゃじゃ~ん」
男がぱっとキッチンの入り口に立った。
「見いつけたっ」
おや、と半分クローゼットに押し込まれたままの椎名さんに目をやる。
「もう、ボーイフレンドをお招きしたの? ボクがいるのに」
テラモトは背後に二人、手下を連れていた。
髪はきれいに後ろになでつけ、背広や先の尖った靴はぬめりのあるグレイ、ワイシャツは青く、ネクタイが薄いピンク、こんなにきっちりと趣味の悪いヤツを近頃見たことない。
玲子の表情からも、彼に対する激しい嫌悪がみえる。
「アンタとは、何の関係もないわよ。人の家にずかずか入ってこないで」
「ダンナと結局別れたんで、しょ?」
テラモトはニヤニヤしている。
「どうして引っ越し通知くれなかったのさぁ、探しちゃったわよん?」
しゃべり方がいちいちムカつく。
手下も似たようなイヤらしさだ。服の趣味はもう少しまともなようだが。
「そんなカジュアルな服装の男はさっさと追い出してサア、ボクちゃんたちと遊びに行こ。
そうよねえ……パスポート持ってるでショ? 外国なんてどうかしらん?」
「イヤよ。レイコ、忙しいの」
椎名さんを出してきて、横に並ばせる。
「この人と結婚するのよ、ジャマしないで」
「おめでとう!」
一拍おいて突然、彼は拍手した。
「キミ、よかったわね、逆玉ってヤツよね。マジメにコツコツ働いてきたかいがあったんじゃない?」
玲子の方を向いて、楽しそうに聞く。
「コイツ、会計士か何かなの? おとなしそうな顔してけっこうやるんでしょね。クローゼットの中でお楽しみ、が趣味なのかしらん?」
「うるさいわね、いいわよ、今日は帰ってもらうから。それから話聞くわ」
行きましょ、と、彼の腕を引っ張ってテラモトたちの前を出て行こうとする。と、
「待てよ」
椎名さん、テラモトの部下二人に、腕をつかまれた。
何か言葉を、ここはシェイクしかないか? と構えた瞬間。
後ろからおもいきりなぐられた。玲子の短い悲鳴。
気が遠くなる瞬間、テラモトの声がした。
「コイツは港へ連れて行くの。今日の便に間に合うから」
そうして今度は、黒い車でトーキョーの港に連れて行かれた椎名さんであった。
最初のコメントを投稿しよう!