ルージュの伝言

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ルージュの伝言

 姉御の部屋に戻った。どうにか。  タクシーは1万770円もかかった。お釣りは230円しか残っていない。  そっと鍵を開けると(いつもルディーとかボビーとか部下にやらせているので、腕がなまったのか、少し手間取った)、部屋はもぬけの殻だった。  あちこち散らかしっ放し、さっきいただきそこねたお茶のカップもそのままになっている。  一通り部屋を捜してみるが、やはり誰もいないし、隠れている様子もない。  駐車場に車が残っているのが見えた。  ということは……椎名さんは少し目をさまよわせる。  ヤツらの車かタクシーでどこかに連れて行かれたに違いない。  ちょっとだけホッとしたのが、自分の財布がキッチンの床に落ちていたこと。  しかし、中をみてがっくり肩を落とす。  ビデオのカードは残されていたが、五千円札はきっちり抜かれていた。  しかも名前の部分が雨でにじんで、判読不可能となっていた。身元がバレる心配が減ったのが、不幸中の幸いだ。  このまま帰ろうか、とも思う。  自転車の置いてあるスーパーまでは、さっきは車で来たから10分ほどで済んだが、歩いたら一時間近くかかる。  それでもとりあえずどこかでコショーは買えるだろう、230円以内ならば。  今日はオフだし、あちらにはあちらの事情があるだろうし、これ以上彼女を追う義理はない。  しかし……椎名さんはここで迷う。  無理やり、どこかに連れて行かれたのだとしたら、どうする?  オレに対してもあの仕打ち、彼女だって、無事だとは言い切れない。  あてもなく、部屋を見て回る。  キッチンからつづくリビング、ドアに仕切られた和室、寝室、クローゼットルーム、バスルーム……  バスルーム手前の脱衣所、洗面台の鏡に、何かついている。  近づいてみると、赤いキスマークだった。鏡に押しつけたのだろう、玲子さんの唇の高さだ。  すぐ下の引き出しが少し、開いていた。  引き出すと、白いタオルが一枚、たたんで入れてある。それをそっとどけてみると、下に折れたルージュ。そして、殴り書きの文字。  ニイガタ  タの字の最後は、紅が固まってついていた。隠れて書いたのだろうが、急かされて折れてしまったのか。  多分、見つけられないようにタオルをかぶせて引き出しを閉め、そのまま出ていったのだ。  新潟……パスポートがどうとか言ってたな、あのサメ野郎。すると、空港だろうか?  急いで電話をさがす。が、固定電話はひいてないようだった。どこにもない。  こんな時に携帯も持ってなかったオレ! バカバカ、と叫びながら表に飛び出す。  駐車場には赤いS3000がぽつりとひとつ取り残されている。  キーは? ついてるわけない、って、ついてるし!  エンジン全開、ぶっとばせ!!  今日初めて、ツキを感じた椎名さんであった。
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