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* * *
「なんだって?」
夜八時。すっかり太陽は落ちている。沈んだ太陽の後を、淡黄色の月が照らしだす。
「まだ、帰ってきてないのか?」
不機嫌そうに、口を尖らせる体育教師の犬山に、由子は告げる。
「はい。津川君と三藤さんがまだ帰ってきてなくて……」
「集合時間から既に一時間だもんな。事件か事故に巻き込まれた可能性もある、警察に連絡した方が」
「いえ、それはないと思います」
きっぱりした由子の物言いに、犬山が眼を見開く。
「何?」
「私、見てしまったんです。あの二人が、駆け落ちを企てているところを」
バサッ。
静まり返ったホテルのロビーに、何かが落ちた音が響く。犬山と由子は、後ろを振り返り、音の正体を確認する。担任、田辺がプリントの束を落とした音だった。
「……田辺先生」
「野々村さん、それは、本当なの? あの二人が、駆け落ちだなんて」
青ざめたままの担任を、学級委員の由子は一瞥し、静かに頷く。
「理由はわからないです。でも、三藤さんのしおりに、カケオチって文字が書いてあったのは事実です」
由子は一言一言、丁寧に、自分自身に確認させるように述べる。あれは、見間違いでも冗談でもなかったのだと。
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