夏の罪

2/15
前へ
/15ページ
次へ
返事をする前に、いつものように警戒してドアスコープを覗く。 安アパートなので、インターフォンのような贅沢な設備はない。 立っていたのは、見知らぬ若い男だった。 宅配便業者でもNHKの集金でもなさそうだけれど、何なのだろう。 居留守を使おうか迷ったとき、 「すみませえん」 ドア越しに男の声がした。 「Tシャツ、落としませんでしたか」 はっとしてチェーンを外し、内側からドアを開いた。 一瞬、黒猫を抱いているのかと思った。 男はわたしの黒いTシャツを持っていた。 さっき、何か足りない気がしていたのだ。海外アーティストの日本ツアーのときに買った、ライブTシャツ。 「あっ……、どうも」 間抜けな声が出た。 「よくうちのだってわかりましたね」 「さっき、そこで拾ってるとこ見えたんで」 初対面とは思えないほど人懐こい笑みを見せて、男はTシャツを手渡してきた。
/15ページ

最初のコメントを投稿しよう!

77人が本棚に入れています
本棚に追加