77人が本棚に入れています
本棚に追加
返事をする前に、いつものように警戒してドアスコープを覗く。
安アパートなので、インターフォンのような贅沢な設備はない。
立っていたのは、見知らぬ若い男だった。
宅配便業者でもNHKの集金でもなさそうだけれど、何なのだろう。
居留守を使おうか迷ったとき、
「すみませえん」
ドア越しに男の声がした。
「Tシャツ、落としませんでしたか」
はっとしてチェーンを外し、内側からドアを開いた。
一瞬、黒猫を抱いているのかと思った。
男はわたしの黒いTシャツを持っていた。
さっき、何か足りない気がしていたのだ。海外アーティストの日本ツアーのときに買った、ライブTシャツ。
「あっ……、どうも」
間抜けな声が出た。
「よくうちのだってわかりましたね」
「さっき、そこで拾ってるとこ見えたんで」
初対面とは思えないほど人懐こい笑みを見せて、男はTシャツを手渡してきた。
最初のコメントを投稿しよう!