12.奸計

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「なっちゃんも懐いてるよね。名前をつけて呼ぶの、華先生だけなんだよ?」 他の保育士は「先生」と呼ぶだけだ、残念ながら担任もである。 「私は、なっちゃんのお母さんになってあげても、いいと思う」 華は返答に困り、唇をかみしめる。 そこへ夏希が歩み寄る、小さな手を差し伸べる姿がかわいくて華はしゃがみ込み抱きしめた。 「はなせんせー」 夏希もぎゅっと華を抱きしめる。 「華」 卓海の呼びかけに、華は夏希を抱きしめたまま視線を上げる。その瞳はかすかに潤んでいた。 「夏希だけの先生になってくれ」 それもまたプロポーズの言葉だ、華は微笑む。 「──ばか」 小さな声で答えていた。 「みんなの先生は辞めないよ」 それは遠回しの受け入れの言葉だとわかる。園長はほっとし、背後のギャラリーはきゃあきゃあと喜んでいた。 小さな舌打ちをしたのは田口だ、自分の行動が卓海を後押ししたとはしらない。 卓海がひとり身だったのは誤算だった、だったら遠慮などしなければよかったと思う。しかし再婚しそれが園の関係者だろうが構わない、どうアプローチしてやろうか、指を噛んで考えていると。 その時、背後から声がした。 「どうしました? 今日はにぎやかですね」 男の声に田口はハッとする、赤ん坊を抱いたスーツ姿の男が微笑み立っていた、まだ若い、20代半ばだろうか。 田口はにんまりと微笑む。 「ほんと、なんの騒ぎでしょうねー? あら赤ちゃん、ねえ梨絵、かわいいねえ」 田口は赤ん坊に手を伸ばしながらいった、梨絵も大きな声で「うん」と答え背伸びする。
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