1 お父様がひっそり憤怒

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1 お父様がひっそり憤怒

「やったわ! 私がお姉様に勝てるなんて奇跡よ!!」  パンジーが歓喜の叫びをあげ、窓際で飛び跳ねた。    私は悲しみと落胆、そして正当な怒りを、握りしめた手の内で捏ね回す。 「……なんという事だ」  書状を持つ父の手が震えている。    私はローガン伯爵令嬢ラモーナ・スコールズ。  1年間クライヴ伯爵ジェフリー・マクドゥーガル卿と婚約していた。  そして彼は、パンジーを選んだ。  私は、棄てられたのだ。 「あなた……」  継母のドロレスが緊迫した表情で父に駆け寄る。  私の実母は幼い頃に病死し、4年前に父は再婚した。  パンジーは彼女の連れ子で、私と同い年だ。  私たちは、概ね、うまくいっていた。  今日この日までは。 「娘は父親がおらず、不遇な子供時代を過ごしました。あなたに庇護を受け、今こうして貴族の妻になる機会を得ました。どうか……どうか、あの子のために、クライヴ伯爵のお申し出をお受けください」 「……!」 「……」  私たち父娘は言葉を失った。 「お願い致します」 「お願いします! ねえ、お父様!! お願い! お願い!!」 「……」  初めて、パンジーを疎ましく感じた。  その口で、私の父を、お父様と呼ぶなんて。  私はぐっと怒りを堪え、俯いた。 「わかった」 「!」  父の声に驚いて顔をあげる。  けれどそこには、かつて見た事もない冷たい憤怒を湛えた父の姿が、静かにそこにあった。 「ラモーナ、ここは父に任せなさい。あとで話し合おう」 「……はい」 「やったぁー!!」  ブルックス子爵を祖父に持ち、誰の子とも知れないパンジーは、確かに冷遇されてきただろう。そんな彼女が掴んだ、またとない好機。  ただそれが、私の結婚を潰すようなものでも、彼女は喜ぶのだ。 「ありがとう! お姉様!」  高揚した笑顔で抱きついてくる。  そう……パンジーに悪気はない。悪いと思う事が、できないのだ。   「大丈夫よ! お姉様は素敵だから、きっとすぐいい相手が見つかるわ!!」  同い年の私をそう呼ぶのは、彼女の誠意の表れだった。  もっと嫌な子だったら……今、その頬を打ちたい自分を許せたのに。 「ラモーナ、部屋に戻っていなさい。あとで行くから」 「……」  もう声が出ない。  私は涙を溜めたまま俯き、膝を折って頭を垂れた。  そして部屋を飛び出した。 「……!」  こらえていた涙がどっと溢れる。  私は数年ぶりに廊下を走った。喜ぶ母娘の声に耳を塞ぎながら。
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