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10 分かれ道を踏む爪先
その日の夕方。
父が帰宅後すぐに私を呼んだので、書斎へ向かった。
「ラモーナ」
「お父様。どうかなさったの?」
「座りなさい」
私が椅子に座ると、父は目線を落として淡々とある事実を語った。
「……」
私は、言葉を失った。
ブルックス子爵が破産申立を行い、爵位返上を申し出たというのだ。
けれどそれは計画的なものだった。
「ちょうどローガンとクライヴから同程度の距離にあるイヴォン伯領の淑女訓練校に私財を寄付し、そこへ娘を入所させた」
存在そのものは新聞や季刊誌などで読み、知っていた。
イヴォン伯領は荒涼な地帯を活用し、軍事訓練施設や寄宿学校、矯正施設、精神病院などを有している、あらゆる意味で厳しい土地だ。
淑女訓練校とはつまり、淑女の再教育、矯正を行う施設だった。
設立から絶えず賛否両論が渦巻く施設であり、令嬢や貴婦人にとっては投獄されるに等しい、恐ろしい場所でもある。
子爵は、重く厳しい決断を下したのだ。
「これで現実的に孫娘の持参金は捻出できなくしたんだ。そうでなくても、あれは言掛りに過ぎないが」
具体的な予防線を張ったのは、理解できた。
でも、自身にも厳しすぎる策としか思えない。
「そうしたら、子爵は……」
「長年、大学で教鞭を振るった功績があるからね。年金で暮らしていけるだろう」
「でも」
「爵位返上は却下された」
「……」
私は胸を大きく弾ませ、ひとつ息を吐いた。
子爵ひとりが背負うには、あまりにも、重すぎる。
けれど私個人にはどうする力もない。
「それで、もし、お前を悲しませるのであれば……それは私の認識が間違っているせいだ。ラモーナ。ブルックス子爵を特別教員として再雇用しようと思う」
「当然だわ」
私は身を乗り出して答えた。
「もちろん、お体に障らない範囲で」
「ありがとう」
父は私の腕に触れて、励ますように指に力を込めた。
「ただ管理していた区画については後任を充てるがね。もう、いい年だ」
「ええ、そうね」
私は父の手に、自らの手を重ね、言葉にならない胸の内を伝えた。
子爵は苦労の多い人生だった。
けれど、多くの知識人を育てた、善い人だった。
家族に恵まれなかった生涯を思うと、他人事だとしても、やはり悲しい。
どうか穏やかな、彼の愛する勉学の日々を送ってほしい。
そう願わずにはいられなかった。
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