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11 名もない星たちの神話
そして数週間後。
私がある程度、その関係に慣れた頃。
博士は研究室に暗幕を張り〝魔法〟を見せてくれた。
「……!」
金属の小皿に乗せた、小さな鉱石。
そこに彼はフラスコの中の液体を少量注ぐ。
すると忽ち、それは星のように輝いたのだ。
「凄い……」
つい触れようとした手を止める。
私はその手を改めて握り、胸を押さえた。
「種明かしはしないでおくよ。私は君の心を奪いたいんだ」
「素晴らしいわ……!」
くすりと笑う気配がして、博士は暗幕を開いた。
日中の明るい陽射しが窓から差し込む室内は、本来、整頓されていて隅々まで見渡せる。彼は窓辺に立って私を見つめていた。
「人は星に名前をつける。星を繋ぎ、神話を作る。まだ発見されていない星、名前のない星が、空には太陽に隠れて光り輝いているんだ」
「ええ」
「私は星を見つけた。昼日向の、無垢な、只一つの白い星を」
「……」
彼が近づいてくる。
その手には、天鵞絨の小箱が握られている。
どくん、と。
鼓動が、高鳴った。
「ラモーナ・スコールズ」
低い囁きに、息を呑む。
「私の妻になってほしい」
「……はい!」
答えた次の瞬間、彼に強く抱きしめられていた。
優しく確かな腕の中で、広い胸に顔を埋めながら、私は歓喜に打ち震えた。
既に公認の仲でありながら、当事者のはずの私だけが気づいていなかった、若しくは臆病すぎて答えを知る事を恐れていたのだと、彼は優しく宥めるように言った。
彼は仕事を終えてから、父に挨拶をするためだけに、我が家に数分立ち寄ったらしい。男性同士の社会的な挨拶の場だと弁え、私は自室で、彼にもらった真昼の星を握りしめ、ときめいていた。
そしてこの指には、重い、婚約指輪が……
「……」
彼の馬車が立ち去る音を聞くと、私は部屋を出て、父の元へ向かった。
階段を下りながら、玄関広間に立つ父の背中を見おろす。
私の存在に気づいているはずの父が、長く、ふり返らなかった。私は階段を下り切り、ゆっくりと後ろ向きの父に歩み寄った。
「お父様」
父は、静かに振り向いた。
優しい、愛の眼差しが降り注ぐ。
少しだけ震える手が、私の腕にふれた。
それだけで、唐突に涙が溢れだす。
「おめでとう、ラモーナ」
私は言葉を返す事ができず、ただそっと身を寄せた。
父をひとりぼっちにしてしまう。
そんな不安が、罪悪感となって胸に渦巻いた。
「おめでとう。幸せに」
背中を撫でる大きな手が、いつもより数倍も愛しく感じられた。
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