11 名もない星たちの神話

1/1
前へ
/24ページ
次へ

11 名もない星たちの神話

 そして数週間後。  私がある程度、その関係に慣れた頃。  博士は研究室に暗幕を張り〝魔法〟を見せてくれた。 「……!」  金属の小皿に乗せた、小さな鉱石。  そこに彼はフラスコの中の液体を少量注ぐ。  すると忽ち、それは星のように輝いたのだ。 「凄い……」  つい触れようとした手を止める。  私はその手を改めて握り、胸を押さえた。 「種明かしはしないでおくよ。私は君の心を奪いたいんだ」 「素晴らしいわ……!」  くすりと笑う気配がして、博士は暗幕を開いた。  日中の明るい陽射しが窓から差し込む室内は、本来、整頓されていて隅々まで見渡せる。彼は窓辺に立って私を見つめていた。 「人は星に名前をつける。星を繋ぎ、神話を作る。まだ発見されていない星、名前のない星が、空には太陽に隠れて光り輝いているんだ」 「ええ」 「私は星を見つけた。昼日向の、無垢な、只一つの白い星を」 「……」  彼が近づいてくる。  その手には、天鵞絨の小箱が握られている。  どくん、と。  鼓動が、高鳴った。 「ラモーナ・スコールズ」  低い囁きに、息を呑む。 「私の妻になってほしい」 「……はい!」  答えた次の瞬間、彼に強く抱きしめられていた。  優しく確かな腕の中で、広い胸に顔を埋めながら、私は歓喜に打ち震えた。  既に公認の仲でありながら、当事者のはずの私だけが気づいていなかった、若しくは臆病すぎて答えを知る事を恐れていたのだと、彼は優しく宥めるように言った。  彼は仕事を終えてから、父に挨拶をするためだけに、我が家に数分立ち寄ったらしい。男性同士の社会的な挨拶の場だと弁え、私は自室で、彼にもらった真昼の星を握りしめ、ときめいていた。  そしてこの指には、重い、婚約指輪が…… 「……」  彼の馬車が立ち去る音を聞くと、私は部屋を出て、父の元へ向かった。  階段を下りながら、玄関広間に立つ父の背中を見おろす。  私の存在に気づいているはずの父が、長く、ふり返らなかった。私は階段を下り切り、ゆっくりと後ろ向きの父に歩み寄った。 「お父様」  父は、静かに振り向いた。  優しい、愛の眼差しが降り注ぐ。  少しだけ震える手が、私の腕にふれた。  それだけで、唐突に涙が溢れだす。 「おめでとう、ラモーナ」  私は言葉を返す事ができず、ただそっと身を寄せた。  父をひとりぼっちにしてしまう。  そんな不安が、罪悪感となって胸に渦巻いた。 「おめでとう。幸せに」  背中を撫でる大きな手が、いつもより数倍も愛しく感じられた。
/24ページ

最初のコメントを投稿しよう!

523人が本棚に入れています
本棚に追加