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15 永遠の愛を誓う二人
「いったい火元はなんなんだ」
「運搬中の荷物の傍で学生が煙草を投げ捨てたそうよ」
「愚か者め。絶対に許さん」
彼は書架の下敷きになっていたとは思えないほど、足取りは確かだ。
そして迷わず一点に向かっていた。
「上になにがあるの?」
「もしもの際の逃走経路を確保しておくのは城も要塞も一緒だよ」
「よかった。急ぎましょう」
私たちは屋根に出た。
ほぼ平らに設計された屋根には、雨を流すための排水路といくつかの小さな煙突らしき穴があった。
「いろいろな実験をしていたのね」
「軍事目的ではないものも多くあるよ。成功すれば移動も生活もずっと楽になるはずだ。ラモーナ。あの倉庫に地上へ降りるための秘密道具が隠してある」
「飛び降りるの? 覚悟を決めなきゃ。でもこの高さなら死にはしないわね」
「頼もしいよ」
私の背丈にも満たない小さな倉庫には、灰色の大きな布が円状に畳まれていた。
「どうやって使う物なの?」
「防炎性の特殊な布で作ってある筒だ。上部の突起を向こうの縁に繋いで垂らし、下からピンとなるべく水平に近い角度で張るんだよ。そしてこの中に座り、滑る」
「……え?」
一瞬、想像が追いつかなかった。
けれど彼は自信満々に微笑み、足を引きずりながら、その布も引きずって行く。
怪我をして片目の見えていない彼を、屋根の縁に行かせるわけにはいかない。落ちなければ奇跡だ。私は走って彼に追いつき、一緒に布を掴んだ。
「ほら、あそこに繋ぐよ」
「ええ」
言われた通りにするしかない。
けれど、彼の説明によると、地上で布の反対側を引っ張る人員が必要なはずだ。
それを口に出さないように自らを律しながら金具を繋ぐ。
すると、下に人が集まっているのが見えた。
ヘールズ所長をはじめとして凡そ10人ほど。事情を理解している彼の同僚たちだ。
「博士!」
「博士!! こっちです!」
「準備はできています!!」
次々に声がかかる。
彼は手を振ってから布の筒を下に落とした。
土煙が舞う。
それを下で準備していた人々が、彼の言った通りなるべく水平に張るようそれぞれの持ち場についた。
「お、落ちないのね……?」
「私の計算に間違いはない」
目の前には、急下降する巨大な布の筒がある。
彼は足を引きずりながら筒の入り口に座った。そして私を振り仰ぎ、膝に座るよう促した。
「おや。さっきの威勢はどこへ行ったかな?」
「まだここにあるわ」
私は彼の胸に背中を預け、彼の足に乗った。
「足にドレスを巻き込んで」
「ええ。こう?」
「いい感じだ」
彼の腕が私の腹部に回る。
しっかりと抱きかかえられ、彼の熱と鼓動が感じられた。
「行くよ」
「ええ」
「ダッシュウッド号、発進!」
私たちは筒の中を滑り降りた。
布を高速で滑る轟音。
それはたった、3秒ほどの事だった。
「!」
ぽん、と。
外へ投げ出され、花壇に転がる。
可憐な草花の絨毯は私たちを優しく受け止めた。
私は跳ねるように起き上がり、後ろにいるはずの彼を振り仰いだ。
彼ものそりと身を起こし、私に手を伸ばした。
私は彼と抱きあい、熱い口づけを交わした。
涙の味がした。
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