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「…………」
いつしか疲れて眠ってしまったようだった。
私は心を眠らせて、じっとする事に決めた。
そうすれば守れるから。
ある日の事。
目を覚ました私は、宙を漂っていた。
「……」
「──、──、」
「──ました。旦那様、──は」
「……」
運ばれている。
そう気づいて飛び起きたけれど、男性の力には敵わなかった。
私は馬車に押し込まれた。
腕は体に沿うようにして、胸の下と腰のところでぐるりと縛られていた。
「んんっ!」
口も、大きな布で縛られている。
「んんんっ!!」
馬車の小窓の向こうから、彼が冷たく、私を見ていた。
私は修道院に運ばれた。
シスターたちも冷たい顔で私を取り囲んだ。
薄暗い部屋に連れて行かれると、私は裸にされ、体を拭かれた。
でもそれは、とても丁寧な優しい手つきだった。
シスターたちは、私を見下していたのではなく、気の毒に思ってくれているのだと感じた。
「あのような方と結ばれて、苦労なさいましたね」
ひとりのシスターがそう声をかけてくれた。
私の暮らしは、魔法のように、一気に気持ちいいものに変わった。
晴れの日も雨の日も、自由に外出はできない。
でもそれは祖父の家でも同じ。
決まった時間に起きて、お祈りをして、質素なものを食べて、静かに時間が過ぎていく。シスターは掃除のやり方を教えてくれた。愛を囁きはしないけれど、冷たくて酷い言葉をぶつけてくる事もない。
愛してくれる人はいない。
だけど、虐めてくる人もいない。
会いたい人には会えない。
でも、思い出に浸る静かな時間はたっぷりあった。
それでわかった。
クライヴ伯爵夫人になる前。
父と姉がいたあの日々が、私は、いちばん幸せだった。
「……」
母はどうしているだろう。
誰も会いに来ない。
「クライヴ伯爵夫人。お花が咲きましたよ」
「……」
「蝶々が飛んでいます。ほら」
シスターに促されて窓の外を見ると、とても和やかな風景がそこにあった。
「……あの」
「はい?」
「パンジーと、お呼びください……お願いします」
「わかりました。シスター・パンジー」
「……?」
私はシスターではない。
でも、シスターたちは私をシスター・パンジーと呼び始めた。
受け入れられているという事が、少しずつ、理解できてきた頃。
晴れた日に、黒いローブを纏った女性が、門のところから私を呼んだ。
「……!」
母だった。
私は駆け寄って門を開けた。
「お母様!」
母は、恐ろしいほど老けて、汚れて、目がギラギラしていた。
でも間違いなく、母だった。
母は具合が悪いのか、前屈みでこちらを上目遣いに睨みながら、私の腕を、千切るように掴んだ。
「パンジー。あんただけを自由にはしない」
「……お母様?」
それから母は言った。
「あんたは神様にだって愛されやしないのよ。こんな場所でそれらしく暮らしたって無駄。だってあんたには恐ろしい悪魔の血が流れているんだもの! そうよ! 私を地獄に突き落としたあの男! あんたの父親! ボビー!! 強盗よ……8人殺して死刑になった! アハハハハ!! あんたを守って、抱えて、必死で生きてきたのにこのザマ! 裏切り者! 産んでやったのに! あんたなんか産まなきゃよかった!! 貴族と結婚して私を助けるのが、たったひとつのあんたの生きる意味だったのに……わざと失敗したな!? あんたは悪魔だ! 悪魔の子だよ、パンジー!!」
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