番外編ー1 母の秘密、私の真実(※パンジー視点)

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「…………」  いつしか疲れて眠ってしまったようだった。  私は心を眠らせて、じっとする事に決めた。  そうすれば守れるから。  ある日の事。  目を覚ました私は、宙を漂っていた。     「……」 「──、──、」 「──ました。旦那様、──は」 「……」  運ばれている。  そう気づいて飛び起きたけれど、男性の力には敵わなかった。  私は馬車に押し込まれた。  腕は体に沿うようにして、胸の下と腰のところでぐるりと縛られていた。 「んんっ!」  口も、大きな布で縛られている。     「んんんっ!!」  馬車の小窓の向こうから、彼が冷たく、私を見ていた。  私は修道院に運ばれた。  シスターたちも冷たい顔で私を取り囲んだ。  薄暗い部屋に連れて行かれると、私は裸にされ、体を拭かれた。  でもそれは、とても丁寧な優しい手つきだった。  シスターたちは、私を見下していたのではなく、気の毒に思ってくれているのだと感じた。 「あのような方と結ばれて、苦労なさいましたね」  ひとりのシスターがそう声をかけてくれた。  私の暮らしは、魔法のように、一気に気持ちいいものに変わった。  晴れの日も雨の日も、自由に外出はできない。  でもそれは祖父の家でも同じ。  決まった時間に起きて、お祈りをして、質素なものを食べて、静かに時間が過ぎていく。シスターは掃除のやり方を教えてくれた。愛を囁きはしないけれど、冷たくて酷い言葉をぶつけてくる事もない。  愛してくれる人はいない。  だけど、虐めてくる人もいない。  会いたい人には会えない。  でも、思い出に浸る静かな時間はたっぷりあった。  それでわかった。  クライヴ伯爵夫人になる前。  父と姉がいたあの日々が、私は、いちばん幸せだった。 「……」  母はどうしているだろう。  誰も会いに来ない。 「クライヴ伯爵夫人(レディ・クライヴ)。お花が咲きましたよ」 「……」 「蝶々が飛んでいます。ほら」  シスターに促されて窓の外を見ると、とても和やかな風景がそこにあった。 「……あの」 「はい?」 「パンジーと、お呼びください……お願いします」 「わかりました。シスター・パンジー」 「……?」  私はシスターではない。  でも、シスターたちは私をシスター・パンジーと呼び始めた。  受け入れられているという事が、少しずつ、理解できてきた頃。  晴れた日に、黒いローブを纏った女性が、門のところから私を呼んだ。 「……!」  母だった。  私は駆け寄って門を開けた。   「お母様!」  母は、恐ろしいほど老けて、汚れて、目がギラギラしていた。  でも間違いなく、母だった。  母は具合が悪いのか、前屈みでこちらを上目遣いに睨みながら、私の腕を、千切るように掴んだ。 「パンジー。あんただけを自由にはしない」 「……お母様?」  それから母は言った。 「あんたは神様にだって愛されやしないのよ。こんな場所でそれらしく暮らしたって無駄。だってあんたには恐ろしい悪魔の血が流れているんだもの! そうよ! 私を地獄に突き落としたあの男! あんたの父親! ボビー!! 強盗よ……8人殺して死刑になった! アハハハハ!! あんたを守って、抱えて、必死で生きてきたのにこのザマ! 裏切り者! 産んでやったのに! あんたなんか産まなきゃよかった!! 貴族と結婚して私を助けるのが、たったひとつのあんたの生きる意味だったのに……わざと失敗したな!? あんたは悪魔だ! 悪魔の子だよ、パンジー!!」
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