525人が本棚に入れています
本棚に追加
2 継母の痛々しい涙
「すまないね、ラモーナ。僕はパンジーを愛してしまったんだ」
「……」
パンジーの結婚準備が進む中で、彼が私に言った一言。
悪びれるわけでもなく、完全に事務的な報告だ。
優しくて大人のジェフリー卿が、私は好きだった。
結婚前にあからさまな好意を示すのはよくないと思っていたから、想いを隠し、ずっと礼儀正しく接していた。
今、パンジーは幸せを撒き散らしながら彼の腕にぶら下がっている。
そして……
「まあ、お上手ですこと」
「いえいえ。本当ですよ。こんな愛らしいお嬢さんが生まれるわけだ」
継母はチラチラと私の顔色を確かめながら、得意気に笑う。
そしてジェフリー卿を、娘と同じような目つきで見あげている。
「……」
悲しくて、とにかく虚しい。
私は席を外す無礼を自分に許した。
部屋に篭って読書していると、少し集中できた。私は本を抱いて、自己憐憫に浸りかけ、もう涙が出てこないと気づいた。
「……嫌い」
そう。
私はもう、ジェフリー卿も、パンジーも、ドロレスも大嫌い。
それでいいのだ。
父は妹の結婚を急いだ。
ジェフリー卿は喜んで教会を手配し、婚約破棄からわずか40日後に式を挙げた。
「お姉様!」
「……」
家族として参列した、結婚式。
パンジーの投げたブーケを、私はわざと取り落とした。
そんなひねくれた自分にさえ、笑えるようになっていた。
そして結婚式の翌日。
父は継母ドロレスと離婚し、彼女を生家へ帰した。
「あなた!!」
馬車の中から、泣き喚く継母の姿を見つめる。
父が連れてきてくれたのは、私にこれを見せるため。わかっている。
「馬鹿者! お前は恩を仇で返したのだ!!」
年老いたブルックス子爵が、泣き崩れるドロレスの襟首を掴んで立ち上がらせる。
「お詫びしろ! ローガン伯爵にお詫びをするんだ!」
「ううううぅぅぅっ」
子供のように顔をくしゃくしゃにして泣いている。
父はそれを無視してブルックス子爵に短く挨拶すると、踵を返した。
「待って! あなた! ごめんなさいっ! お願い、待ってぇぇぇっ!」
「申し訳ございませんでした! 申し訳……申し訳ございませんでした!!」
ブルックス子爵が憐れでならない。
馬車に乗り込んできた父に、私は声をかけた。
「子爵は、悪くないのでしょう?」
「ああ。これで充分だ。あとは任せるさ」
父が励ますように、私の肩を叩いた。
最初のコメントを投稿しよう!