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会社から社宅は歩くと三十分、バスや車を使えば五分ほど。幼稚園とか警察は旦那が帰ってきて相談して決めよう、と待っているとわずか五分でインターホンが鳴る。
対応モニターを見ると旦那だ。不思議に思いながら通話ボタンを押す。
「なんでインターホン鳴らしてんの」
「鍵忘れた、開けてくれ」
「……」
何もおかしくない。おかしくないが。しっかり者の洋介がカギを忘れる? 財布にくっつけているのに。私はじっとモニター越しに彼の顔を見つめる。
「ねえ。合言葉言って」
「早く開けてくれ」
「舞が今一番欲しいものなに?」
「……」
「私が欲しいって言った家電は?」
「……」
「洋介が自分から言ったんでしょ、忙しくてお願い事忘れちゃうから合言葉にして復唱しようって」
結局不審者の話は家でしたのだ。同じ幼稚園にお子さんが通っている職場の先輩から不審者の話を聞いていたそうだ。信用していいのは合言葉を知ってる人だけ、忙しくて約束忘れちゃいそうだから合言葉にしちゃおう、復唱できるし、と彼が提案した。
「わからないよね、あんたは洋介じゃないんだから」
「……」
画像の洋介、に似たモノは無表情だ。いつも穏やかな顔の旦那は絶対にしない冷たい顔。
「お迎えだけじゃないのね、あんたが来れる条件は。勉強になった。昔私にみられたことの仕返しのつもり?」
カナを連れて行ったアイツ。私が家に帰る時ちらりと私をみたのを覚えている。
「私たちは家族円満なの、カナと違って」
家が貧乏だからいつも私の文房具を盗んでしらばっくれていたカナ。忙しい母親が迎えに来れるわけないじゃん、と不可解に思ったが、教えてやらなかった。泥棒野郎にそんなことしてやる義理はない。おかげで次の日から私はストレスなく学校に通えるようになったのだ。
「私たちは合言葉を変えるよ、なんなら毎日。まだ続ける?」
私が冷たく言い放つとソレは能面の様に不気味に笑うと踵を返す。追い払ったか、と一息つく。
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