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死にたい、と思う間もない。きっと首を絞められすぎて、頭に酸素がいかなかったのだろう。もう、最後は喘いでいた。
生島が助けられたのは、数時間後だった。用事を終えて帰ってきた橘に玉枝が助けを求め、橘と、橘の使用人が道場に踏み入ったのだ。
「お前というやつは、なんということを」
「なんだ、早いお帰りでしたね。もっとゆっくりされておれば良かったのに……」
そう、橘が怒気を纏った声で秋野を叱りつけているにもかかわらず、憎たらしいほどに秋野は平然と腰を揺らし、意識のない生島をいまだに犯していたのだった。
全ては内密に処理される筈だった。
橘に破門されたばかりか親子の縁も切られ、勘当されたが、実の親の資産はたんまりとある。実に裕福に暮らすことができた。
生島と玉枝は傷つけられたもの同士、愛を育んだ。純な愛だ。
手を繋ぐことさえ出来ぬ。生島の傷は癒えぬ。玉枝の小さな掌では、生島の傷を覆い隠せない。
それならばけして癒えぬ傷を舐めあって生きていくしかないのだ。
そして玉枝が十八になった頃。
橘が引退するという。
生島は玉枝と婚約し、道場の跡を継いでくれまいか。橘は生島に入り婿を望んだのだった。
高校を卒業したばかりの玉枝、いささか年が離れているが、戦国の武将に比べればまだ若い、と橘は笑った。
穢れているんです、と生島は多くを語らずに呟いたが、橘の表情は少しも曇らなかった。
「お前のお陰で玉枝は清いままだ」
そう、橘は言ったのだ。傍らにいた玉枝はそっ、と生島の手を握る。
それだけで、良かった。
祝言は玉枝が二十歳になってから。そう決めていた。
「その日はよく晴れていた、な」
亡霊がわらう。
首の赤い線を見せつけながらわらう。
おつきさんのまつちろいひかりはあどけなくて
つみぶかさなんかはひとつもなひのに
「洋服姿でお前達は座敷の上座に座っていた。俺はその時までどうしていたか、知りたいか。…お前達をどうして苦しめてやろうかと、その事ばかりを思っていたのだよ」
ーどうしてかって?
生島はその、幻影か本物か、いや、この世ではないものなのは確かな、それを見た。
祝言は夜にした。昔の祝言を真似たのだ。
陰と陽が交わる夕刻、身内だけでままごとのような祝いをした。
もう、あの忌まわしい男のことなど誰も覚えてはいなかったのだ。座敷の襖がすっ、と開くまでは。
数人の荒くれ者と、秋野が立っていた。にやにやと、悪い顔をしている。
「あの男は男を喜んで咥える売女だぞ、男に突かれてわんわん、ありがとうございますと泣いて喜ぶ犬畜生だ」
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