1人が本棚に入れています
本棚に追加
秋野が言い終わると、男達が一斉に笑った。宴席の膳を片端から蹴り倒し、逃げる客人を持っていた木刀で突付きまわした。
生島と玉枝は呆然としている。生島は睨むことすら出来なかった。秋野、どうしてお前は俺をそこまで…。
騒ぎはすぐに収まった。誰かが警官を呼んできたのだ。それでも彼らは怯まない、そればかりか生島と玉枝の耳を塞ぎたくなるような悪口を、あいつは淫売だ、犬畜生だ、口を開けばそればかり叫んで、そしてとうとう数人の警官を殴って捕まった。
その時だ。秋野はしっかりと生島を見て言った。
「来年の今宵、また会おう。きっとだぜ。お前がどこにいようと俺はお前を見つけにいく。会わねばもっと酷い事をしてやるさ。来年の今宵、あの道場で待っていろよ」
どうして、か?
「お前を連れて行くために決まっているだろう」
幽鬼はひっそりと笑う。
なんだと、言う生島が、自分の異変に気が付く。なぜか、くらくらとする。
咨軽薄の人と交は結ぶべからずとなん。
青青とした春の柳は、家の庭に植えてはならぬ。親交は軽薄な人と結んではならぬ。
男同士の友情というには余りにも情が深すぎる雨月物語の一説、菊花の契りによると、軽薄な者と親交を結ぶなとある。
であるならば、片方が結ばれたくないというのに、無理やりに結んだ親交というやつはどのように断ち切ればよいのか。
それも固く固く、幾重にも巻き付いた縁はどうしろというのだ。
生島の意識が朦朧としてきた。眩暈がする。はっきりと見えている筈なのに、なにも見えない。
「ただ、俺なりにお前を愛しているのさ。これからもずっと、俺の可愛い犬だ」
そんな迷惑な言葉が聞こえたのは、生島の心臓の鼓動が最後の一鳴りを終える
前だった。
【悪説・菊花の約】完
最初のコメントを投稿しよう!