8 怒っちゃった伯爵令息

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 彼はもう軍師の顔になっていた。 「国軍にとって大切な従軍看護婦の死を偽装し、国政に関わる貴族間の結婚をおざなりにし、不届き千万。この件ではソーンダイク伯爵ガストン・ドゥプラ並びにソーンダイク伯爵夫人マーシア両名をイヴォン伯領にて裁判にかける」 「へっ!?」  ガストンが真っ青になった。  いくら馬鹿でも、伯爵の端くれ。  国軍を担う大元帥イヴォン伯爵の後継者モーリス・ヨークが、一介の伯爵令息とは桁違いの実権を担っている事は、ちゃんと理解しているのだ。  しかも国軍総本部のあるイヴォン伯領の裁判所となっては、軍部の影響で一般の裁判も相当厳しい審議が執り行われるのは想像に難くない。 「まままっ、待ってくれ! 義父はッ!?」 「ご自分の事を心配されては?」 「……! いっ、嫌だ! まだ死にたくない!!」  いや、さすがに処刑はないでしょう。  考えればわかると思うけど。  それはそうと、たしかにガストンの話を聞いた限りでは父も不届き千万。  というか父も妹もろくでもない人間で、激しく落ち込むわ。 「シビル! なんとか言ってくれ!! 君は生きていたんだ! 誰も責められる必要なんかないだろうッ!?」 「私、当事者なの」 「え?」 「怒ってるのよ。死んだ事にして、みんなでなにやってるの? 馬鹿にしてくれちゃって。真相を究明して適切な処罰が下される事を心から願っているのよ。あと、私を追って死ぬと言ったり、私に似た顔の女と結婚したかったと言ってみたり、挙句の果てはまだ死にたくないって、あなたの愛は究極の自己愛ね」 「違う! シビル! 愛しているんだ!!」 「嘘つき」 「!」  ガストンが信じられないというように目を剥き息を止めた。  この状況で私が好意を向けるという、ありえない前提をもとに弁明を続けていた愚かな元婚約者にとっては、私の拒絶がとても衝撃的だったようだ。  寝て起きたら妹と婚約者が結婚していたほうが、衝撃的だと思うけど。  あと、寝て起きたら父と妹から死んだ事にされていたのも、よっぽど衝撃的なんだけど。しかも母の死まで嘘の材料にして、控えめに言って許せない。  ただの馬鹿である事を祈る。  これが他国を巻き込んでの陰謀とかなら、身内が処刑だ。さすがに辛い。 「──私なら」  モーリスが目線を外し、誰にともなく呟いた。 「愛する婚約者の訃報を聞いたとしても、この目で見るまでは信じない。仮に死んでいたなら、遺体に縋りついて泣くだろう。墓石に跪くだろう。そして愛と復讐を誓う。その命を背負って、共に生きる。国葬と聞いて確認もとらず、妻をすげ替えるなど、到底理解できない」 「……」  なにを思っているのか、ガストンがモーリスを見つめた。  控えていた軍部の人員がなだれ込んできて、ガストンを捕らえる。元婚約者は呆然と後手に縛られ、ついに連行されるというところでひたと私を見据えて言った。 「裏切り者は君だ」 「ふざけるな!」  モーリスが声を荒げ、その場にいた全員が恐れ戦いた。  私でさえ思わず肩が跳ねて、息が止まった。  彼は直後、何事もなかったかのように静かに命じた。 「連れていけ」  そう言われても誰もすぐに動けないくらいには、意外だったし、恐かった。
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