12 ひとりぼっち

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「無実の妹を処刑して最後は地獄に落ちたらいいわ!! 戦場で汚れた天使さん!! きゃははははッ!!」 「少なくとも──」  モーリスが、彼の腕にすがる私の手にその手を被せ、割って入った。 「無実ではない。あなたは実の姉を手に掛けようとした。そう自供した」 「はあっ!?」 「悔い改めるのも、呪いの言葉を吐き続けるのもあなたの自由だ。独房でじっくり考えてみるといい」 「え……」 「時間はたっぷりある」 「……」    蒼白い顔でしばらくモーリスを見つめ、それから弾かれたように私を見つめた。  驚いたような、恐れるような、それでいて呆けたような顔をして、その心の内でなにを考えているかわからない。妹は妹で、私を、初めて存在に気づいた未知の人物であるかのような目をしている。  私たちは、互いにひとりぼっちの姉妹だった。  ずっと。 「……」  やがて妹は、片方の口角だけをあげて、不適な笑みを浮かべた。  邪悪な表情から、私は目を逸らした。  その時。  唯一の出入り口を塞いでいたメイドの背後で、勢いよく扉が開いた。するとそこにティエリーが現れて、右手で中年のメイドの首を羽交い絞めにしつつ、左手に書類を握り締め叫んだ。 「証拠を掴みましたよ! ソーンダイク伯爵夫人を〈ニザルデルンの天使(シビル・ラヴィルニー)〉に仕立て上げて軍部の情報を盗み敵国に売る計画が確かにありました!!」 「私は知らないったら!!」  妹が泣いて叫び返した。 「あんたが馬鹿すぎて保留にしてたの!!」  ティエリーに首を羽交い絞めにされているメイドが憎々しげに叫びを被せた。  あ、なるほど。たしかに訛ってる。外国人かもしれない。  私を悪用しようとする輩なら、私が返り討ちにできる。  でも、妹では、持ち上げられて言い包められて利用されて、計画がとん挫すれば捨てられるだろう。  そんな事よりなにより、ティエリーの変装だと思い込んでいたメイドがティエリーではなかった事がいちばんの驚きだわ。  驚いて、少なからず傷ついた事さえ一瞬、忘れてしまった。  妹には縄を持つひとりの軍人だけが留まり、あとはティエリーに加勢する。  私はモーリスの袖を揺すってつい零した。 「私、扉の彼女がティエリーだと思ってた」 「私もだ」 「えっ?」 「秘密の協力者がいるとは聞いていたが、それが恋人だと言うので、実在しないと思い込んでいた」 「恋人? 彼女が?」 「もしそうなら名前はクロエだ」 「クロエ……」  そんな事を囁きあっていた私たちは取り残されて、当のティエリーに大声で呼ばれる始末。思いがけず本当の陰謀も挫き、新たな逮捕者を連れて、ソーンダイク伯爵家を後にした。  馬車に乗る間際、振り返りその姿を仰ぎ見る。  私が嫁ぐはずだった、立派な屋敷。  それが今では、とても虚しく、寂れて映った。
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