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 つまらない。そう思いながら会社からの帰り道を歩いていると、駅前に人だかりがあった。ライトアップされた白いステージには黒く光るグランドピアノがあった。そのピアノは普段は改札の片隅に置かれていて、クリスマスとか、バレンタインデーとか、イベントがある時に使われているのを見た事がある。  今夜のイベントは音楽教室主催のピアノ発表会らしい。看板の『YN音楽教室』という文字を見て、駅ビルに入っている教室だという事だけはわかった。物珍しさに見ていると、ピンク色のドレスを着た小学生ぐらいの少女がステージに出て来てお辞儀をした。そして楽しそうにピアノを弾き始めた。曲はショパンか何かの曲で、ちょっと暇つぶしで見るぐらいには丁度良かった。  ピアノを弾き終えた少女が観客の拍手に恥ずかしそうにお辞儀をして、ステージ脇に行った。次の演奏者が出てくるが、二曲目を聴く気はない。家に帰りのんびりしたかった。人だかりを離れ歩き出した時、知ってる曲が聴こえて来た。  クラッシックではなく、宮崎駿監督のアニメ映画『紅の豚』で流れていた曲。タイトルはわからないけど、どこか寂し気で夕暮れを連想させる美しい曲だ。  六才年下の従妹に付きあって『紅の豚』の映画音楽を作曲した久石譲のピアノコンサートに行った事がある。その時に聴いてこの曲が好きになった。  再び人だかりの側に行きステージを見た。紺色のワンピース姿の大人の女性が優雅な舞いをするようにピアノを弾いていた。  鼻筋の通った横顔が美しい。ピアノに向かっている表情がキラキラとしている。楽しそうだ。きっと心から今の時間を楽しんでいる。――なんか、いいな。  急に胸が熱くなった。ドキドキもしている。  彼女から目が離せない。ずっと彼女を見ていたい。  あれ?俺は一体、どうしたんだ?  胸が締め付けられるようなこの感情はなんだ? 「良かったら、これどうぞ」  女性の声にハッとした。
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