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帰り道、さっきの彼女、【森村先生】の事で頭がいっぱいになった。先生と呼ばれていたという事は生徒ではなく、ピアノの先生なんだろうか。上手かったもんな、演奏。人だかりも一番多かった気がしたし。みんな彼女の演奏が素晴らしくてつい足を止めたんだろう。
年は二十五、六才ぐらいだろうか。美人だけど、可愛らしい人だった。いい匂いもしたし、軽かった。支えた時、彼女、目を見開いてびっくりしてたな。あの表情、隙があって素の表情って感じがしたな。ピアノを弾いている時はとても知的で隙なんてないように見えたのに。
恋人はいるよな。美人だもんな。優しく声かけてくれたし、性格もいいんだろう。ソプラノの声も良かったな。あの声で呼ばれたら……ぐふっ。
妄想に思わず笑みがこぼれた。
不思議そうにこっちを見るサラリーマンの姿が視界に入る。
ヤバい。不審者だと思われる。
深呼吸をして力が抜けまくった頬にぐっと力を入れた。彼女の事は考えない。考えない。そう思いながらいつものスーパーで二十パ―セントオフの生姜焼き弁当を買った時も、家で一人弁当を食べている時も、風呂に入ってる時も、彼女の事が頭から離れなかった。そして会社でもずっと彼女の事を考えた。
「佐伯主任、聞いてますか?」
隣の席の中島杏子がやや、苛立ったような調子で言った。彼女は経理部に異動になったばかりの俺の世話係だ。
今は会計ソフトの使い方を習っている所だった。
「ごめん。何だっけ」
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