10.魔女

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10.魔女

 それから彼女は茶葉を見つけ出し、上機嫌な顔をしてまた長椅子に戻って来る。  ウラはそんな彼女を見て呟いた。 「……あの時、お嬢様がわたしのことを魔女だと仰ったと聞きました」  女はピクリと眉を上げ、横目でウラを見た。 「わたしは……やっぱり魔女なのでしょうか」  その言葉に、彼女は甲高い笑い声をあげた。 「あなたってほんと、おバカさんなのね。元の主人もおバカさんだったけど、あなたも相当な頭の悪さよ。だってあなたが魔女だなんて作り話を信じちゃうんですからね」  そう言ってひとしきり笑った後「それとも立派なおバカさんになる事が東部での風習なのかしら?」とウラを見る。  バカにされた事と、自分がもしかすると本当に魔女なのではないかという不安をこの女に吐露してしまった己の浅はかさに、ウラは顔が赤くなった。  そんなことを気にする様子もなく、彼女はお湯の入った水差しを覗き込む。 「ほら、あなたが喋ってるからお湯が冷めてしまったじゃないの」 「あ……すぐに沸かしなおしたお湯を……」 「それはいいから、さっさと出てって下さらない?」  彼女はゴミでも見るかのような目をこっちに向けた。  ウラも、もう彼女は何も語る気はないのだと察し、頭を下げ部屋をあとにした。 (でも、わたしは魔女なんかじゃなかったんだ……それだけは聞けて良かった……)  ウラは廊下を歩きながら、以前の主人に何度も魔女だと言われ続けていた日々を思い出していた。  魔女というのは、あまり良い言葉ではない。  もちろん民間で人の病気を治す魔女と呼ばれる人たちもいるのだが、やはりその魔女という言葉は目に見えないものに対する畏怖と、その狭間にいる者への侮蔑を込めて使われていた。  特に目と髪の黒いウラはこの国で、魔女だと言われることがこれまでに何度もあったのだ。 (大丈夫、わたしは魔女じゃない)  少し、心の荷が降りた気がした。  ウラは階段を降りながら、手元を見て「あっ」と呟く。  彼女に茶漉を渡すのを忘れていたことに今気づいて、慌てて部屋に戻った。  また嫌味を言われると急いでいたウラは、ノックをするのも忘れて部屋のドアを開け、その隙間から顔を覗かせた。  そんなウラに気付いていないのか、彼女は背を向けたままお湯の入った水差しの前で何やら手を動かしている。 (何をしてるんだろう……)  雰囲気が妙だったのでウラは声を掛けられず、その光景にじっと魅入ってしまった。  すると、冷めてしまったと文句を言われたはずのお湯が、少しずつ沸騰し始めるような小さな音がし始めた。  ウラは目を見開き、口元を手で覆う。  そしてウラの見守る中、お湯はさらに彼女の手の動きに連動するよう温度を上げているのか、激しい音を立てて表面に大きな泡をボコボコと吐き出し、割れていった。  ウラは茶漉を渡すことも忘れ、その場から逃げた。  いま見たものがまだ信じられず、足をもつれさせながら急いで階段を降りていく。 (あの人が……っ)  息を切らし、駆ける。 (あの人が魔女だったんだわ……!)  その後、何も知らないフリをして仕事をしていたウラの元に彼女が来て「お茶漉がなかったわよ。ほんとあなたって使えないのね」と文句を言って茶漉を取り、戻って行った。 *  ウラはそれからも、黙々とこの屋敷で働き続けた。  屋敷での使用人の待遇はとても良く、みんな仲が良かったし、いびられる事も、恐怖に震えることもなかった。  そして徐々に、あの姪からも少し話し掛けられるような関係になっていった。 「あなたって本当に物覚えが悪いのね、黒の混血だからかしら」  バカにしたように笑いながらそう言う彼女は、別にこっちを本気で蔑んでいるのではなく、ただべらぼうに口が悪いだけなのだということをウラはもう知っていた。 「お嬢様は本当にワガママで口の悪い嫌な女だからね。ウラも最初はビックリしたでしょ」  ここは、そう奴隷が笑いながら主人の悪口を言うのが許されている場所だった。それが本人の前であっても、ここの使用人たちはおかしいと思ったら口に出す。  みんなで集まり、使用人としては豪勢な食卓を囲みつつ、お嬢様とその弟君の口の悪さについてみんなで文句を言い合った。  ウラも一緒になって笑う。 「……でも、わたしはこの屋敷に不足はないわ」  その言葉に、周りも静かに同意した。  この国で黒の混血児は元々数が少ないが、北部はそれがさらに顕著なはずだ。それなのに、ここの使用人の中にはそういう者たちがチラホラいた。もしかすると同じような形でこの屋敷に来たのかもしれない。  その中でウラの言葉に同意しつつも、ひとり考え込んでいる者がいた。 「うーん、不足はないんだけど、ひとつあれなのは……」  みんながその女中を見る。 「この屋敷は、人様には言えないような魔術を使う家系ってことぐらいだね」  みんなで、それは言えてると笑った。  この屋敷の家系は代々魔術を引き継いでおり、今もそれを裏稼業としている。表向きは周辺の土地を管理しているフリをしているが。  あまり大きな声で言えることではないので、いつも使用人たちは他の家の使用人と自分の屋敷の話になった時に、それを誤魔化しながら生活をしていた。  まあ不足はないけどね、とまたみんなで食事をつつく。  ウラもスープでふやかしたパンを口にしながら、なんだか物凄く妙な屋敷に来てしまったわ、と笑った。  よく磨かれた新しい偽歯がチラリと輝いた。 (おしまい)
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