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1.暗闇の中
ウラは目を覚ました。
毎日毎日、目を覚ますと共に絶望する。
なぜ目を覚ましてしまったのだと。夢の中でうなされている方が、現実より随分マシに思えた。
起き上がって身支度をする。まだ外は暗い。ウラは明かりを灯さなかった。その闇の中にいる時だけは、自分も周りも全てが平等な気がしていた。
奴隷の朝は早い。
*
「ウラ、髪の毛が出てきちゃった」
屋敷の娘はまだ幼い。屈託のない笑顔で、屋敷の掃除していたウラに駆け寄る。
兄弟と外で遊び回ったのか、足元が泥だらけになっていた。
「編みなおしてほしいの」
娘はそう言って辺りをキョロキョロ見渡したあと、ウラの手を握って自分の部屋の中に連れて行く。
そして鏡の前に座り、後ろに立つウラを見てはしゃいだように笑った。
「お母様が編んでくれたんだけど、下手くそなの。しかもいつも同じ編み方で全然可愛くない」
母の文句を言いながら、自分の帽子を取った。そして期待した目でまたウラの顔を鏡越しに見る。
この所、奥方は自分の娘がウラに懐き過ぎているのをよく思っておらず、娘をウラから引き離そうとしていた。
娘の身支度は以前、ウラの仕事だった。髪の毛を編むのもそのひとつだ。
「こっちとこっちを編み込んで、前してくれたように後ろで可愛くクルクルって結んでほしいの」
頭に巻かれた布を外すウラに、娘は言う。
どうせ布と帽子で覆って髪の毛なんて全て隠れてしまうが、可愛くしてほしいようだ。そんな少女の気持ちがウラにもわかる。だからどんなに隠れてしまおうが、いつだってお姫様のように可愛く、丁寧にその髪の毛を編んであげていた。
その小さな頭から垂れた髪の毛を、優しく櫛で梳かす。
娘は心地よさそうに目を瞑った。
「ウラは髪の毛を梳かすのも上手。お母様がするとすっごく痛いのよ」
ウラは何も言えず、ただ困ったように笑う。
そして注文された豪勢な編み方とは違う、シンプルなものにしなければと髪の毛を編んでいった。
(奥様になんと言われるか……)
出来上がった髪型に、娘は文句を言った。
違う、こんなのじゃない。もっと可愛くしてほしいと駄々をこねる。
ウラは小さな鏡を持ち、少女の後頭部を映して見せた。
「ここがお花みたいでとっても可愛いですよ」
後ろ髪を目立たないよう細く編み込み、小さな花があるようにまとめた部分を見せる。どうしても、可愛くしてあげたかった。
娘はそれを見てはしゃいだ。
「やっぱりウラは上手!」
そのまま娘はウキウキした足取りでまた兄弟の元へ戻って行った。
夜、ウラは奥方から呼び出しを受けて、娘の髪に触るなとお叱りを受けた。
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