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世の中に溢れる物語の中に、こんなの現実にはありえないよね、というものがたくさんある。でもそれらは非現実的だからこそ人々に受け、根強い人気となっていろいろなところで描かれ、いろいろな形で読み手を楽しませてくれている。だから、その非現実的なことが実際に、しかも自分の身に起こるなんて、僕は想像もしていなかった。
事の発端は姉のお見合いから始まった。それも家の都合でのお見合いだ。
今どきお見合い自体が珍しいのに、自身で決めた婚活の一環ではなく、父親の都合で決まったお見合いだったことが非現実的な事の始まりだった。
うちは大企業とはいかないまでも、そこそこの会社を経営している一族で、それなりに由緒正しい血筋らしい。だけどこの現代社会、そんなものはあまり関係なく、ちょっと裕福な一般家庭に過ぎなかった。
普通の父に普通の母。
確かに家はちょっと大きめだけど、大豪邸でもなければお手伝いさんがいる訳でも無い。姉も僕も普通に公立の学校に通い、普通に友達と騒いでいるようなごくごく普通の子供だった。
そんな普通の僕たちがなんの変哲もない日常を送っていたある日、突然小さな非日常が訪れた。それが姉のお見合いだった。
父の会社の取引先の社長が、息子がいい歳をして未だ独身だと嘆き、そこからどうなってか姉とお見合いすることになってしまったのだ。
父も途中で話の雲行きが怪しくなってきて、どうにかその話から話題を逸らそうとしたらしいのだけど、相手はうちよりもはるかに大きな会社の社長だったため強く言えず、結局あちらの強引な申し出を引き受けざるを得なくなってしまったらしい。
平々凡々な日常に突如起こった非日常に、姉は最初興味を示した。だってお見合いなんて、それこそお話の世界の話だ。大学3年の就活中の姉にとっては、あわよくば就職せずに玉の輿に乗れる(これも非現実的)と最初は父の話に食いついたものの、そのお相手がなんと45才のおじさんと聞いてドン引き。姉は一転怒り出して自室に戻ってしまった。
45才って・・・母さんより年上じゃん。
姉が怒るのも無理はない、とまるで他人事のようにその様子をリビングの片隅で見ていた僕も自室に戻ろうとしたその時、真っ青な顔の父に腕を掴まれた。
相手は大口の取引先の大企業の社長(の息子)、一旦引き受けてしまったお見合いを会ってからならまだしも、会う前から断ることなど出来ない。そんなことをして、もし取引を打ち切られたら、うちの会社は潰れる。そんなことになったらお前も大学には行けないんだぞ。
地を這うような声でそう父に脅され、高3の僕は姉の説得に向かわされることになった。けれど、それはあっさり失敗。そもそも、普段から気の強い姉に口で勝てた試しがない僕が、姉を説得できるはずがないのだ。
『諦めるしかないね』
そう言った僕に、父は恐ろしいことを言った。
『なら、お前が行くしかないな』
その父の恐ろしい言葉と共に、僕の身に直接非現実的なことが降りかかることとなった。
そしてそれは、僕の非現実的なお話の幕開けでもあったのだ。
急に決まったお見合いなのであちらからの写真はなく、社長も高齢でスマホで写真・・・なんてものもなかったのだけれど、父からは姉の写真をその場でプリントして渡していたため、あちらは姉の顔を知っている。だけど幸か不幸か僕と姉は顔が似ていた。
ということで、僕は姉になりすましてお見合いをすることになったのだ。そうとなると現金なもので、姉はノリノリで僕を飾り始めた。
自分が行かなくなったからって・・・。
当日は堅苦しくなく二人だけでホテルでお茶をすることになっているため、それに見合う服を選び、化粧をし、ウィッグを被って髪も整えた。
まるで着せ替え人形よろしく、あれやこれやと実に楽しそうな姉に仕上げられ、あっという間にもう一人の姉が出来上がっていた。
まさかこんなに似るとは・・・。
これなら完璧に騙せる、と父は安堵し、姉は自分の作品に満足している。母はそれでも心配なのか、不安そうにことの成り行きを見守っていた。
そして僕は・・・無の境地だった。
もうどうにでもなれ。
なんで僕が女装して男に会わなければならないんだろう。それも母よりも年上のおじさんと。なにこれ、パパ活?パパ活なの?これで大学資金を稼げって?
なんだか途中から腹が立ってきて、顔がむっつりしてきた。しかも、いざ家を出ようとしたら、仕事が終わらず間に合わないので、時間を夜に変えて欲しいと連絡が来た。
は?
今出ようとしたんですけどっ。
ということで、今度はホテルでディナーに合う服にまた着せ替えられる羽目になった。
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