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駿河くんとは高校二年から同じクラスになったが、
一年の頃からまみは知っていた。
朝早く学校に来ていたため朝練に出ている彼とすれ違うことが
多かったからだ。
彼は物静かで決して目立つタイプではないけど、毎日の練習には
必ず参加する頑張り屋さんだった。
同じクラスになれてうれしく思っていたまみだった。
"頑張り屋さんだった”と過去形で表現することにさえ胸が苦しくなり、
息がつまる。
まみはまだ駿河くんの死を信じることができなかった。
「コツコツと地道に努力を重ねていた彼の命を奪うなんて神様もひどい。」
とまみがつぶやくと、ひなも静かにうなづいた。
教室に入ってきたクラスメイトは口々に駿河くんの話を聞くと
泣き出す女子や怒り出す男子がいたりと教室内は騒然としていた。
そんな中、駿河くんの席はぽつんと空いたまま。
その日から机の上に花が供えられるようになった。
駿河くんの死から一ヶ月経ち、まみやクラスメイトの心がようやく
落ち着いてきた。
その日もまみは始業時間のかなり前から自分の席で本を読んでいた。
一人二人と登校してきた子とその都度挨拶をしながら読書を続けていた。
その時、背筋を冷たいものが流れた。いわゆる悪寒が走る、あの感覚。
この感覚は霊的体験をする際に起こるのものだ…まみは嫌な予感がした。
その瞬間、ふっと何かが横切った。
恐る恐る影の方を見てみると、亡くなった駿河くんが自分の席にいた。
まみは息をのんだ。
霊的体験を数多くしてきたまみだったが、自分の知っている人を
見るのは初めてだったので動揺してしまった。
その時、駿河くんと目が合ったが、ゆっくりとそらして本へと目線を戻した。
"私はどうしたらいいんだろう?”
その日からまみは悩むことになる。
駿河くんは毎日学校に現れ、みんなと授業を受けていた。
同じクラスにいても他の子たちには気づかれない。
まみは彼と目を合わせないように用心しながら観察していた。
いつもなら死んでしまったことに気づかない人はそっとしておく
ことにしていたが、誰とも接することができずさみしそうな駿河くんを
見ているのがつらくなってきた。
霊体と同じ空間にいると疲れが半端なく、まみの心も身体も限界を
迎えていた。
"もう伝えるしかない”と決心を固め、屋上の方へ向かった駿河くんを追った。
意を決して
「駿河くん」
と呼びかけた。
「なんか用?」
ゆっくりと振り返りながら駿河くんが応えてくれた。
「あ…あのね」
「だから何だよ」
駿河くんのいらいらとした様子にまみは心折れそうだったが
勇気を振り絞って言った。
「あのね…駿河くんは事故にあった時のことを覚えてる?」
「何かと思えばそんなことか。よくは覚えてないんだ。
思い出そうとすると頭がいたくなるし。
それが、一体なんだよ。」
まみは足元を見ていたが、口元にキュッと力をいれ心を落ち着かせると
顔を上げて言った。
「駿河君、落ち着いて聞いてね。
今から話すことは信じられないかもしれないけど、
ちゃんと聞いてほしいの。」
そして、まみは秋人の目をしっかりと見て話し始めた。
「駿河くんは横断歩道を渡っていてトラックに巻き込まれて
事故にあったの。」
「ああそうだよ。」
まみは泣くのをこらえて言った。
「そこで…そこでね…駿河くんは亡くなったの。
トラックに轢かれて即死だったそうよ。」
そう言うと、まみは顔をくしゃくしゃにして泣きだしてしまった。
「はあ?」
不愉快そうな駿河くんをまみは涙の膜でよく見えなかったが、
彼の声は不愉快そのものだった。
「俺が死んでる?何言ってんの、お前。そんな話は冗談にならないだろ。
俺が死んでるなんて嘘だろ。お前とも話してるじゃないか。」
と言った駿河くんだったが、どんどんと顔色が曇ってきた。
事故にあった時の状況を思い出しているのだろうとまみは思った。
「私、少し不思議な力があって駿河くんみたいな人が見えるの。
街中で死んだことに気づいてない人やまだあの世に
いきたくない人たちがたくさん歩いている。
この世に未練がある人、残した人が心配でどこにも行けずに
立ち尽くしている人もいる。
いつもならそっとしておくから駿河くんのこともそっとしておこうと
思ったんだけど…。」
言い終わらないうちに彼はすべてに納得したように
「僕、死んでたんだね。教えてくれてありがとう。」
駿河くんがそう言うと同時に体の周りを黄金色の粒が囲んだ。
その粒の光が大きくなり光り輝くと、まみは眩しく目が開けて
いられなかった。
駿河くんの最期を見届けたかったのに。
「ようやく上に上がれるんだね。
山上ありがとな。」
優しい声が聞こえると駿河くんの姿はなくなってしまった。
駿河くんよかったね、さようならとまみは心の中で呟くと
初夏の優しい風がまみのそばをすり抜けていった。
まみは、いつか自分の命が尽きるまで周りの人や今ある幸せを
大切にしていこうと心に決めて、学校を後にした。
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