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孤独姫は後宮の恐ろしさに震えながら、庭園の東屋にて蝶を手に乗せ愛でていていた。その蝶が宙へと羽ばたいて行く。
「うらやましいな…… 妾にもあの子達みたいな羽根があればいいのに…… そうすれば怖い思いもしなくて済む」
孤独姫は庭園の階下に広がる長安の都を眺めていた。考えることは…… 人を壺の中に入れたり、豚にしたりと狂気に狂気を極めたようなことを平然とする内官や宦官が人とは思えずに「化け物」としか思えなかった。これ以上こんなところにいては自分も同じ「化け物」になってしまうと思えてならなかった。孤独姫は先程宙へと飛び去った蝶が蒼穹の中に輝いていることに気が付き微笑みを見せた。
「あたしも次は…… あんな綺麗な蝶々になれると……いいなあ」
庭園の真下は宮廷と長安との境目を描いたような石畳であった。自分と同じことを考えたのか、何者かに突き落とされたのか、石畳に女官の血痕が付着することはそう珍しい話ではない。孤独姫は失意の中、庭園の塀を跨ぎ、庭園の外側へと立った。孤独姫の命は自らの足の半分程の煉瓦に足を置くことと、冷たく細い塀に手を握ることに委ねられた。
「さようなら」
孤独姫はそのまま真っ逆さまに石畳に向かって落ちていく。落ち行く中で考えることは「未来永劫の悪人となることをお許し下さい」と、亡くなった両親に詫びることだった。
唐国の基本概念たる教えは儒教である。儒教には「死後の世界」と言う概念がなく、死んだ後は魂はそのまま現世に残り漂うとされている。それ故に「冥界の裁き」「地獄での罰則」のような死後に罪を清めるための概念が存在しない。現世で生きているうちに罪を犯した者は未来永劫の悪人であることが約束され、未来永劫の賊の烙印を押され罵られ続けることになるのである……
孤独姫は「皇帝の妻になることを放棄した罪」を背負ってでも人を人とも思わない「化け物」になりたくなかった。それ故に飛び降りての自殺を決意したのであった。
数刻後、孤独姫は目を覚ました。微睡みの縁から脱し見たものは、先程まで自分がいた東屋の長椅子の上だった。目の前にある円卓には冷えた黄金茶の入った茶器一式が並べられていた。
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