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「ここは……」
「おや、お目覚めになりましたか」
円卓の前では万象が茶を点てていた。庭園の花々の芳しい香りに混じって黄金茶の香りが孤独姫の鼻孔に飛び込んでくる。
「万象老師」
老師は唐国の言葉で「教師・教官」と言う意味である。万象は女大学にて女官に「房中術」の実技以外を全て教えていたために、女官達から「師」として尊敬され、崇められていた。
「老師と呼ばれる歳ではないのですがね…… 私としては日本で呼ばれるような『先生』と呼ばれたいものです。おっと、こちらの言葉で『先生』は故人を意味するのでしたな……」
「どうして……」
「久々に庭園でお茶でも飲もうと思ったら、孤独姫様が飛び降りているところを見つけまして。慌ててお助けしたわけです」
「わ、妾は飛び降りたのは覚えておるぞ。どのようにして? まさかまた念動力たるもので引き寄せたと言うのか!?」
「いえいえ、縮地を繰り返して孤独姫様の元へと駆け抜け、抱き留め、再び縮地を繰り返し元の庭園まで戻ってきたというわけです」
「全く…… 意味の分からぬことをするのう。この縮地も仙人がすなるものと聞く。仙人から学んだというのか?」
「ええ、宮廷内のお仕事の暇を縫っては蓬来山へと行き、修行の方を。三尺(一メートル)を縮めるのに一年もかかってしまいました。私も未熟と言うものです」
「妾を助けるためには三尺どころではない距離を縮めておるであろう? 一体、何年暇を縫っておるのだ?」
「そうですね、かれこれ五十年程度は…… おっと、聞かなかったことにして下さいまし」
「本当に万象老師の歳はいくつなのだ…… 齢七十を超えた宦官が童の時からおると聞いておるが、真であるか?」
「ええ、ならば七十を超えていることになりますね。その宦官も刀子匠に『処置』を施されたあとの治療を私に頼んできましたね。実に懐かしい」
孤独姫は宮廷内にいる宦官とは何者かということを万象によって行われた女大学内の授業によって聞かされている。勿論『処置』の話も知っており、痛々しい内容を思い出し渋い顔をした。これ以上思い出したくないと、話を反らすことにした。
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