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女帝となり欲しいものは全て手に入れてきた孤独姫がこれをよしとすることはなく、最終手段として「奪い取る」ことに考えが至るのであった。
万象は荷物を纏め、長安城を後にしようとしていた。長安城と長安の都を隔てる大門の前で深々と拱手の構えをした。別れの挨拶である。約三百年近く遣唐使としてこの長安城で過ごしてきたこともあり、感謝の念は尽きることはない。
一刻の間、遣唐使としての思慕に浸っていた万象は人の気配を感じ、目を開けた。
そこにいたのは孤独姫だった。
「やはり、出ていくのであるか?」
「私はもう遣唐使ではありません。この城にいる必要はもうありませぬ故に」
「この城、いや、妾の傍にいておくれ! そなたが望むものは何でも与えると前から言うておろう!」
万象は顔に憂いを浮かべ、首を横に振った。
「いえ、私が望む物は自分で手に入れたいのです。誰かに貰うものではありません」
「であるか…… 妾はそなたを求めておる。幼き時よりそなたは妾に心安くしてくれた。その時より、ずっと愛しておるのだよ…… 誰よりも」
「嬉しゅうございます」
「なら!」
「ですが駄目なのです。私が教えを授けてきた女大学の教え子は皆平等に愛しておりました。孤独姫様も同じでございます」
「もう平等でなくともよい! これからは妾のみを見ておればよい! 妾の傍におれば皇帝にしてやるぞ! そうだ! 戦狂いの皇帝を身罷らせてやろう! そうすれば妾が皇帝だ! 言わば女帝であるぞ! 妾の傍におればそなたが皇帝よ! そなたの国である日本でさえもくれてやるぞ! どうだ! どうだ! どうだ!?」
愛がないとは言え、夫を殺すとまで言うようになったか。万象が女大学の教官として「人としてあるべきこと」も教えてきたつもりだが、伝えることが出来なかったのか、やはり「心技体」で「心」を伝えることは出来ないのかと自分の無力さを嘆き、頭を抱えた。
「……もう、西へと旅に出ることは決めたことです。これからの大唐国の未来永劫の繁栄と栄華を祈念させていただきます」
万象は拱手の構えを解き、くるりと踵を返した。すると、孤独姫は大きな高笑いを上げた。
「そなたがこのように言うことは分かっておったわ! ならば、無理矢理にでも妾のことを『好き』と言わせてくれるわ!」
万象の四方を兵士が囲む。その手には青竜刀が握られており、太陽の光で刃を不気味にきらめかせていた。
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