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 夏休みが終わっても、夏は終わる気配がない。  図書室を出た途端、むわりとした空気が昭仁(あきひと)の全身を被い、制服に残っていた冷気があっという間に消えていくのを感じる。  司書が閉館中の札を下げるのが目の端に見えた。つまりは最後の1人だったのだろう。悪いことをしたと思いつつ、粘ったお陰で鞄の中には回答が埋まった状態の数学のプリントが収められていた。  期限は週明けだが、今週末、家でゆっくりと課題に取り組む時間はない。姉が帰ってくるのだ。  昭仁とちょうど10才年の離れた姉は、昭仁のことを良く言えば可愛がり、悪く言えばおもちゃとして認識している。  パワーバランスは姉が結婚して実家を離れ、昭仁が高校2年になった今日まで全く変わらない。  どうせ週末は買い物だ何だと連れ回されるに決まっている。  想像して複雑な気持ちになりながら階段上ろうかというところで、声を掛けられた。 「津田」  振り向くと、担任の千葉がこちらに向かってきていた。 「どうした、まだ残ってたのか」 「今帰るところです。ただ、教室に忘れ物取りに行こうかと」  がっちりした体型に日焼けした肌がいかにも体育教師然としている千葉は、恐らく40才くらい。昭仁たちの担任だけでなく、学年主任も務めている。  今年の担任が千葉で良かったと母親が話していたところから想像するに、保護者からの信頼も厚いようだ。  その千葉が自分の腕時計に目を落とす。つられて昭仁もポケットのスマートフォンを取り出した。  【17:20】  完全下校まではあと10分だ。今日の完全下校時刻は職員会議を理由にいつもより早い。  そう言えば先程までは聞こえていた部活動を行う生徒たちの声も、今は聞こえてこなかった。 「取ってきたらもう帰ります」 「そうしてくれ」  千葉は特に昭仁のことを咎める様子もなく忘れ物と言えばと前置きをした上で、 「今日佐々木は一緒じゃないか?」  と昭仁の周囲を見回した。
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