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「岡島、それは……」
「へ?」
「いや、何でもない」
悩んで、言いかけて、今度は言わなかった。言わない方が良いと思ったからだ。
絢は、佐々木のことが好きな筈だ。
ただ多分、それを周囲には全力で隠している。
お菓子を配る時、話に混ざる時、いつだって絢は佐々木だけでなく、昭仁や周囲の人間も巻き込んだ。それはまるで何か強い意思を持っているように。
わかっていたのに。ただ、あまりに自然に嘘をつくものだから、つい口を衝いてしまった。
ただ言いかけて止めたその言葉だけで、絢には昭仁が言わんとしたことが伝わってしまっていることが、妙な無言の雰囲気から伝わってきた。絢は、敏い。
絢の隠していたその気持ちに何故昭仁だけが気づいてしまっていたのか、今は敢えて考えないことにした。
ごめんと言おうか、でもそれは不自然か、と昭仁が悩んでいる間に、先に口を開いたのは絢だった。
「千尋と佐々木、去年同じクラスだったんだ」
「うん」
知っている。佐々木がそう言っていた。
「今年はね、クラスが離れちゃったから。せめて委員会は一緒がいいねって言って、同じ委員会にしたんだって」
それは聞いていなかった。
「千尋、今日、告白したいんだって」
「へぇ······」
電線か何かに溜まっていた雨粒が落ちてきたのだろう、ぼたり、と手元に小さな衝撃が走った。
「千尋ね、すっごく佐々木のこと好きなの。ずっと前から」
絢は、昭仁の相槌を待たずに話し続ける。
「私が今年、同じクラスになる前から、ずっと。······同じクラスになって思ったけどさ、あんなやつの、どこがいいんだろうね。全く、佐々木には勿体ないよ、千尋は。みんなにいい顔しちゃってさ」
そこまで言って少しだけ間を空けて、
「私は、私だけに優しい人がいいな」
残った少しだけの息を吐ききるように言った。
「うん」
また間が空いて、今度ははっきりと絢は言った。
「だから、私は好きじゃないよ」
ダウト。
「全然、好きじゃない」
ダウト。
完全にダウトだ。そしてそれを昭仁が気づいていることを、絢も気づいている。
だからと言ってどうすれば良いのか、昭仁にはわからなかった。
夕立は、まだ止む気配がない。
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