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「じゃ、忘れ物取ったらすぐに帰るんだぞ」
3階に着いたところで千葉は言った。
てっきり昭仁が校舎を出るまでついてくるのかと思っていたが、そのつもりはなかったようだ。
「また明日な」
「さようなら」
4階に上がって行った千葉と別れ、廊下を進む昭仁は、何となく通り過ぎる教室の中を覗き込んだ。もちろん人はいなかったが、黒板にはHRの名残かお化け屋敷やお好み焼き、カフェといった賑やかな文字が躍っていた。
夏休みが終わったと思ったらもう文化祭の準備が始まっていた。
昭仁もクラスの出し物にはある程度参加しなければいけないだろう。非協力的なことを誰かに咎められるのは御免だ。
さらに今年は軽音学部でギターを務める佐々木に、ピアノが弾ける(姉と一緒に習わされていた)ことがバレて、キーボードとして1曲参加しないかと誘いがきている。決して乗り気ではないものの、無下に断るのもどうかと悩ましい。
己の地味さと平凡さを誰よりも理解している昭仁の傍に佐々木がいることは些か華やかすぎるが、不思議と嫌な感じは全くしない。
それは互いの気が合うからのような気もするし、単に佐々木の人好きな性格が昭仁に対しても発揮されているだけのような気もする。
そんなことを取り留めもなく考えているうちに、自分の教室に着いた。
人気のない教室の、自分のロッカーの中から体操着の入った袋を取り出す。流石にここで2、3日寝かせたものを次の体育の時間に着る勇気はない。
予定のものを回収したところで、この時間にしては教室の中が暗い気がして窓を見た。
いつの間にか、窓には雨粒が付着していた。夕立だ。
結果的に忘れ物をした自分は運が良かったのかもしれないと思った。
図書室からバス停に直行していたら、道の途中で振られていただろう。昭仁は、悪くない気分で傘立てに置いたままになっている自分の傘を取って教室を出た。
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