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 階段を下り、2階の渡り廊下を通り抜けようとしたところで、女子生徒の声が聞こえてきた。昭仁以外にもまだ校舎の中に人が残っていたようだ。  声の出どころは昭仁の立つ真下、下駄箱の辺りからのようだった。足を止め、吹き抜けから見下ろすようなかたちで覗き込む。 「悪いよ、絢ちゃん」 「大丈夫。早く行きなって。遅刻しちゃうよ」 「でも……」  押し問答をする女子生徒を見て、昭仁はおや、と思う。  2人のうちの1人は絢だった。その隣にいる女子生徒の名前は確か、染谷千尋(そめたにちひろ)だったか。昭仁とはクラスは違うが、絢と一緒にいるところを何度か見かけたことがある。  2人とも上から覗く昭仁に気づく様子は全くない。 「ほらっ」  絢は渋る千尋に対し、手に持った折り畳み傘を押し付けるようにして話していた。どうやら突然の雨に、絢は自身の傘を千尋に貸そうとしているらしい。 「髪も崩れちゃうよ、せっかく可愛くしたばっかりなのに。私は教室に戻れば置き傘があるから。ね?」 「そうかもしれないけど……」 「こうやってやり取り時間ももったいないから。バス行っちゃう」 「……わかった。ありがとう、本当に助かる!」  千尋は終始遠慮気味だったが、最後は絢の強い押しに折れたようだった。  何度も礼を言いながら、絢の折り畳み傘を開く。傘は、眩しいくらいの青色だった。 「行ってくるっ」  駆け出す千尋の背中に絢は、行ってらっしゃいと声を掛けてその場に留まった。  階下の2人のやり取りが一段落ついたところを見届けて、昭仁も踵を返した。  1つの傘で一緒に帰らないのは折り畳み傘では小さすぎるからか、それとも帰る方向が逆だからか。いずれにしても、絢が傘を取りに行くのを千尋は待っていればよかろうに。時間の制限があったのだろうか。  なんとなく今まで見たやり取りを反芻しながら階段を下る。  結果的に盗み聞きになってしまったため昭仁の疑問をぶつけることは出来ないだろうが、絢が傘を取りに教室へ戻るなら階段ですれ違うだろう。  絢なら軽く挨拶くらいは出来る。気まずい相手でなくて良かったなどと思っていた。  しかし、絢は来なかった。
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