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「今日子さん、この度はご愁傷様でした」
純ちゃんのお母さんが葬儀の後、声をかけてくれた。
「お父様が亡くなって、まだ一年しか経っていないのに、お母様も亡くなるなんて、辛いわよね」
そっとお義母さんが私の肩に手を置いた。
「今日子さんにはもうご両親がいなから、私の事を本当の親だと思って頼ってね」
お母さんの言葉に涙ぐんだ。
「お義母さん、ありがとうございます」
「今日子さんのご両親も孫の顔が見られなくて無念だったでしょうね」
孫……。その言葉に胃が痛くなる。
「母さん、その話は今する事じゃないだろ」
純ちゃんが慌てたように止めた。
「あら、何か気に障る事言ったかしら?」
平然とそう言えるお義母さんに悲しくなった。いい人だけど、時々、傷口に塩を塗るような事を言われる。
これくらいの事、笑って流せなきゃ。純ちゃんのお母さんだもん。
「今日子、見送りはいいから、あっちで休んでろよ」
ほら、純ちゃんは優しい。こうして気遣ってくれる。
「純ちゃん、ありがとう。大丈夫だから」
ニコッと笑顔を浮かべると、純ちゃんはほっとしたような表情を浮かべた。
さっきお葬式で笑ってしまったのだって、きっと悪気があった訳じゃない。私が過剰に反応しすぎなんだ。
「じゃあ、僕は父と母と帰るから」
セレモニーホールの玄関まで行くと、純ちゃんが言った。
「うん、気をつけて。お義父さんとお義母さんも、今日はありがとうございました」
感謝の気持ちを込めて深く頭を下げ、見送った。
三人の後ろ姿を見て涙がじわりと浮かぶ。どうして純ちゃんは火葬場まで来てくれないんだろう。そう思った時、叔母さんに「純ちゃん、火葬場いかないの?」と聞かれた。
「火葬場、遠いし、純ちゃんは仕事忙しいから」
「そう」
静かに頷いた叔母さんは何か言いたそうだった。
「今日子ちゃん、大丈夫? 無理してない?」
「叔母さん、結婚生活は我慢なんだよ」
どんな事があっても我慢するべきだって、お母さんは言っていた。それが私に遺してくれたメッセージだと思ったら、苛立っていた気持ちが落ち着く。
純ちゃんが葬儀中に笑った事も、お義母さんに孫の事を言われた事も、我慢しよう。我慢さえしていればきっと上手くいく。例え純ちゃんが浮気をしていても……。
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