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「葉月さん、ちゃんと現実を見て下さい。先生に言い寄られておかしいと思いませんか? お金持ちで、才能もあって、その上イケメンで、何でも持っている先生が葉月さんのような、こう言っては失礼ですが、ごく平凡な方を好きになると思います?」
何でも持っている先生が私みたいな地味な女を好きになるなんて確かに信じられないような話。だけど、先生は私に愛情を向けてくれた。あれが全くの嘘なんて思えない。
「確かに私は地味でつまらない女です。でも、先生はいつも私に寄り添ってくれたんです。先生の優しさは本物でした。私には全てが小説の為だったとは思えません」
上原さんは瞳をさらに潤ませて、憐れむような目で私を見つめた。
「葉月さんは先生の事を本当に好きになってしまったんですね。だから、先生の事、信じたいですよね。でも、先生は本気ではなかったんです。全部、小説を書く為にした事なんです。先生は誰も好きになりません。なぜなら、先生の心にはずっとパリのテロ事件で亡くなった元奥様がいるから」
元奥様……。
ひなこさん……。
先生の初恋で亡くなった後も先生の心の中にいる人。
「私、先生の書斎で見てしまったんです。元奥様が先生に残された日記を。そしてその日記には先生の気持ちも書いてあったんです。『俺は一生誰も好きにならない。愛するのはひなこだけ』だって」
愛するのはひなこだけ……。
先生、それほどまでにひなこさんを想っていたんだ。
先生にとってひなこさんはまだ過去ではないの?
「葉月さん、知っていますか? 先生には元奥様との間にお子さんもいたんです」
「えっ」
まさか文君?
文君は先生のお子さんだったの?
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