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明日先生が退院するというのに、家事が何も手につかない。
上原さんが持って来た先生の新作に書かれたヒロインは確かに私に似ていた。年齢、職業、夫の事などが私が先生に話した事が元になって書かれているようだった。
一番ショックだったのはヒロインの女性が二度の流産をし、子どもの産めない体となった事で、夫に捨てられるんじゃないかと常に心配している所だった。
先生を信用して全部話していたのに、まさか勝手に小説にされるとは思わなかった。人の心の傷を書くなんてあまりにも酷い。
私の話を優しく聞いてくれたのは、こうして小説を書く為だったの? 私は先生にとって利用価値があったから、優しくされたの?
小説の中のヒロインが11歳年上の男と結ばれるシーンも既視感があり過ぎる。場所は軽井沢のホテルになっていたけど、このシーンは鎌倉のホテルでの事だ。
ヒロインの心情がよく伝わってくるからこそ悲しい。私を抱きながら先生はこんな事を考えていたんだ。私しか見えていないと言いながら、小説の為に私を観察していたんだ。
本当に酷い人……。
そう思うけど、この小説は素晴らしい。夫に縋るしかなかった弱いヒロインが自分の人生をしっかりと歩き出すラストは胸が熱くなった。
先生の小説を読んで勇気をもらう人はきっと沢山いる。
この小説はみんなが待ち望んでいたもの。
憎いけど、こんなに素晴らしい作品を書いた先生はやっぱり凄い人だ。
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