12話 契約終了

7/11
前へ
/305ページ
次へ
 9月28日。先生の新しいアシスタントが決まったと上原さんが連絡をくれた。私は新しい人の為に引き継ぎ書のようなものを作って、上原さんにメールで送った。  これで10月1日から先生が困る事はない。  新しい人が10月1日から来られない場合も考えて、一週間分のおかずを作って冷凍もした。  先生が一番困るのは食事だと言っていたから。  料理はできるけど、一人分の食事を作るのは面倒くさいらしい。  アシスタントとしても思い残す事がないように、掃除もしっかりとやった。  冷蔵庫の整理をして、キッチンを磨いて、ダイニングルームを掃除して、リビングを掃除して、先生がよく出ているサンルームも綺麗に掃除した。  それから先生の寝室とお風呂も掃除した。  書斎も掃除したかったけど、先生がお仕事中だったから簡単にしか出来なかった。 「今日子」  リビングの掃除をしていたら、サンルームにいる先生に呼ばれた。  先生は藤の長いすに腰かけ、まだ火をつけていない煙草を一本持っていた。  退院したばかりだから、さすがに見逃せない。 「先生、禁煙してるんじゃないんですか?」 「ああ、禁煙中だ」 「何を持っているんですか?」  先生が苦笑いを浮かべ、私に持っていた煙草と、煙草の箱を観念したように差し出した。 「素直でよろしい」  目が合うと先生と一緒にクスクスと笑う。  こういう瞬間、先生に愛されているんじゃないかと勘違いしそうになる。 「それで何ですか? お茶でもお持ちしますか?」  先生の顔から笑みが消えた。 「お茶はいい。実は今日子に話があってな」 「はい」 「あのな」 「はい」 「いや、何でもない」  先生は気まずそうにサンルームから立ち去った。  退院してから、時々、先生は何かを言いたそうにしている。  小説の事を言おうとしているんだろうか。  次の作品の為に新しいヒロインが必要になるから、今日子は用済みになったんだよ、とでも、言いたいのだろうか。
/305ページ

最初のコメントを投稿しよう!

644人が本棚に入れています
本棚に追加