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「あちらですわ」
背後から届いた声にふと我に返る。これは王妃付きの侍女の誰かだと思いつつ両目を素早く拭って振り向くと、王妃が侍女数人を伴って歩いてくるところだった。
「陛下」
一つ下の王妃は、しかし、年より十は上に聞こえる低く重い声で飽くまで穏やかに呼び掛ける。
「このような強い陽射しの下、お一人で歩かれますと、お加減が悪くなります」
陽に晒されたその象牙色の顔はまだ十分若く、朱色のふくよかな唇は優しい微笑を形作っている。だが、こちらを見詰める大きな鳶色の瞳は何かを諦めたように深く翳っていた。
「分かった」
結婚して十年近く、子供も数人儲けたこの妻は、一度も激する顔や怒れる声を自分の前で示したことがない。その代わりに、こちらにも生のままの感情を顕すことをどこか許さないように見えるのだ。
この妃と相対する時にはいつもぬるま湯に触れるような安心感と飽き足らなさを覚えるのだが、今はどこか嘘寒い感じが走った。
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