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「ジャンヌ」
これは夢だ。夢と自覚した夢を見るのは初めてだが、それは少しも夢想の気楽さ、自由さを伴っていない。
頭にはずしりと重い感触があった。頭の上に頭をもう一つ載せられたような重さと金属の輪が食い込むような微かな痛みから王冠だと知れる。
「来てくれたのか」
乳色の霧立ち込める深緑の夏草の野。
甲冑を纏い、頭に角の生えた馬に跨がった、オルレアンの乙女。
波打つ豊かな栗色の髪は甲冑の腰にまで垂れ、冴え冴えとした白い小さな面には一点の傷も爛れも見出だせなかった。
ジャンヌは処女のまま死んだから一角獣に乗っているのだ。馬上の女騎士を見上げながら、そこに一抹の安堵を覚える。
彼女が捕らえられている間、イギリス人の男に襲われたと聞いた時には吐き気を催し、その下劣な輩こそ直ちに焚刑に処すべきだと思った。
だが、こうして一角獣に乗っているのだから、貞操は無事だったのだ。安心しつつ、それが既に非業の死を遂げた相手の為ではなく己の為の満足に過ぎないと感じて後ろめたくなる。
ジャンヌはそんなこちらの腹を見透かすように彫り深い眼窩の奥から氷さながら冷たく澄んだ榛色の瞳で見下ろしている。
十九歳の乙女の顔は鮮やかに弧を描く眉の辺りにかつての美少年じみた気配が残っているものの、曲のない優しい輪郭も、花びらじみた薄桃色の小さな唇も、柔らかな絹糸じみた長い髪も、全てが端麗な女性のそれであった。
青臭い野草の匂いに混じって仄かに百合じみた甘い匂いが流れてくるのは彼女からだろうか。それとも、霧に隠れて咲く花からだろうか。
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