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どうして君は。どうして君は、消えてしまったの?
あの夏の日、蝉をかご一杯に捕まえて、網を誇らしげに振りながら歩いたあぜ道。男勝りで、女の子なのに蝉捕りをしようなんて笑っちゃった。捕まえた蝉はボクへのプレゼントだよって言いながら、田んぼから飛び出てくるイナゴをピョンピョン飛び越える姿は、黄色いワンピースを着たバレリーナみたいだった。
君と出会った日のことを、覚えているよ。冷たい雨に打たれて泣くボクの背中を、そーっと、そーっと、君はさすってくれたよね。ボクを見つけてくれたのは、君だった。ボクが寂しくないように、ボクがお腹を空かせないように、ボクが寒くないように、君はその小さな手でたくさんのことをしてくれた。
君のおかげで、ボクは「生きる」ってことを知ったんだ。「生きる幸せ」を。君はいつだって、ボクの憧れだった。大好きだった。だからボクは、君を守るって決めたんだ。君とボクはいつだって一緒にいたよね。遊ぶ時も、宿題するときも、ご飯を食べてもお風呂に入っても、眠るときも。ずっと。ボクたちはずっと一緒だと思っていたのに。
どうして。どうして目を開けてくれないの?どうして大人がたくさんいるの?どうして君を連れて行ってしまうの?どうして大人が泣いているの?
少しだけ、ボクのほうが上手だったことがある。あのあぜ道を歩くのだって、そう。スイスイ進むボクを、君は待って待ってと追いかけてきたよね。ボクは、うれしかったんだ。だって、君がボクを追いかけてくれるんだもん。
この時間が永遠に続くと思ってた。ずっとずっと、真っ青なお空に湧き上がるあの白い雲の向こうまで。
君とボクを繋いでいた絆が急にゆるくなった。振り向いたボクの目に映った君は、虫かごを精一杯高くつき上げながら踊っているみたいだった。そのあとのことは夢の中みたいだった。田んぼの中に広がる黄色いワンピース、呼んでも起きてくれない君。声を限りに泣き叫ぶボク。君の服を引っ張る。ひっくり返した君の顔には、泥がべったり張り付いていた。君の顔をキレイにした。蝉なんてどうでもよかったのに。ボクがいくらでも捕ってあげるのに。お願い、もう一度笑って。もう一度、ボクの名前を呼んで。早く、この悪夢から覚めて。
気がついたときはもう、お日様も山の向こうへと消えていた。君を覆う水が冷たくなってきた。遠くから足音が聞こえた。ボクはその人に駆け寄った。驚くその人を引っ張って、君の姿を見せた。それから、それから。
今日もボクは、君が作ってくれたベッドで、君を待つ。あれからどれくらいの時間がたったのだろう。あとどれくらいたてば、君に会えるのかな? 蝉捕りをするには膝が痛いし、眠る時間が長くなってきたよ。君の大好きだったボクの尻尾は、すっかりボサボサだ。
あと、どれくらいたてば、ボクは君に会いに行けるのかな。
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