3 特別な冬

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3 特別な冬

「この時期は別荘にいるはずでしょう?」  現実かどうか確かめたくて、そんな事を言ってしまった。  ダニエルは目を細めたまま恥じらうように笑って、私の腕を握った。そして秘密を打ち明けるように、少しだけ顔を寄せた。私は耳を向ける。 「今年は特別な冬なんだ。幼馴染が結婚した」 「おめでとう」 「ああ。だからこっちにいるんだ。でもお前に会えるなんて思わなかった。嬉しいよ。去年は引き籠ってただろ? 元気になったみたいでよかったよ」  どの部分を内緒話にしたかったのかわからないけれど、私との再会を喜んでいるのは確かだ。浮かれている。  私は彼の背中をばしんと叩いて、目をぐるんと回して言ってやった。 「元気よ。本当はドレスなんか脱いで暴れたい」 「いや、たまにはいいよ」 「え?」 「そんなに綺麗なんて知らなかった。びっくりしたけど、すごくイケてる」  親指を立てて肩を竦める仕草に、雄の匂いはない。  彼は単純に、幼馴染のお洒落を褒めただけだ。  なんて清々しい。  そして、素直に嬉しい。 「でしょう? 実は、医者を雇ってダイエットしたのよ」 「は? そんな事できるのか?」 「そう。食事と運動のメニューを決められて、みっちり1年間」 「へえ。どんな感じなの」 「地獄よ。鶏肉と野菜しか食べないの」 「はっ?」 「信じられないでしょう? パンは太るんですって。でも実際パンを2ヶ月くらい食べなかったんだけど、痩せた」 「牛肉を食わなかったせいだろ。うわぁ、俺なら耐えられない」 「あなたはダイエットする必要ないでしょう」  ダニエルは私より背が高く、骨格もがっしりしていて、年々いい筋肉が育っている。顔は少し面長で、切れ長の目は知的な印象だけど、本人はあまり考えないで本能と感性だけで生きているタイプだ。 「聞いて。運動とは別にダンスを1日4時間もやったのよ」 「それは楽しいだろ」 「と思うでしょう?」 「違うの?」 「体を1000分割くらいして細かく角度を直されて、目線まで管理されるの」  ちょっと動いて見せると、ダニエルの顔が華やいだ。 「ああ、そういえば動きがなめらかな気がする」 「がさつな頃が懐かしいわ」 「ああ! 綺麗綺麗、いいじゃん」 「ララァ~ン♪」  調子に乗って扇まで広げて、回って見せた。  するとダニエルが私の手を取って引き寄せ、背中を支えた。突然始まったダンスにも体が反応して美しく動いてしまう。大柄同士、体格のバランスがいいので動きやすい事この上ない。  楽団の奏でる旋律に乗って床を滑り、広間の中央へ向かっていく。 「おお! 俺、オーロラと踊ってるわ」 「特別な冬ね」 「ハハッ。なんか走るのとは違って照れる」 「懐かしい。もう2年も駱駝に乗り損ねたわ」 「来年から探検に誘っていいか迷うんだけど」 「行きたい。妊娠してなければね」 「妊娠!?」 「すごく順調な夫婦って結婚1年目に産むじゃない」 「俺と結婚するの?」  上手に踊りながら困惑したように言うから、おかしくてつい突き飛ばしてしまった。そして体を折って、爆笑した。 「アハハハハッ! なに言ってるの、そんなわけないでしょう!」 「ああ、そうか。びっくりした」  ダニエルは幼馴染。  血の繋がらない、しかもちょっと頼りない兄みたいなものだ。  結婚なんて考えた事がなかった。
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