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4 これからの時代
涙を拭いて笑い転げる私の手を、ダニエルが掴んだ。広間の中央まで来てしまったし、たしかに踊っておくのが礼儀というもの。
私たちは再び優雅に揺れ始めた。
「それで? あなたは結婚しないの?」
「あー……うちはなぁ」
歯切れ悪くダニエルは目を逸らした。
「キャロルがうまくやればいいって感じ」
「キャロル元気? 会いたいわ」
「来てるよ」
「そうなの?」
目を走らせたけれど、一度では見つけられなかった。
「おかしいわね。あんな綺麗な子が人に紛れるわけないのに」
「後ろにいる」
ダニエルのリードでくるりと回る。
「あ、いた!」
「お前に会いたがってるよ。ずっと」
「それでキャロルはどういう人と婚約したの?」
ちょうど曲の切れ目になり、私たちは行儀よくお辞儀をしあって食事の並ぶテーブルのほうに戻った。キャロルと話したかったし、ダニエルと踊ると見栄えが良すぎて視線が刺さり過ぎる。
「いや、キャロルにはまだ求婚者がいないんだ」
「箱に閉じ込めすぎなのよ」
「それなんだけどさ。うち破産しそうだから、早く嫁にやって安心したいんだよ」
「は? あなた破産するの!?」
「まあ、俺って言うより、親父が」
「うわぁー……、うわぁー……」
それは、かける言葉がないわ。
キャロルも心配だし、ダニエルも心配。
「どうしたのよ」
「土地が干ばつでやられちゃって、農民が逃げた」
「うわぁー……」
厳しいわ。
「それはいいんだよ。もう時代が時代だから、好きな土地で好きな仕事をしてくれていいし。親父も縫製工場を買って残った農夫を雇ってなんとか飢え死にさせないようにしてさ」
「そう」
「あとは言葉ができそうな領民を使用人と一緒に各地の別荘にやって、管理させて慣れさせてるところ」
「別荘売ればいいのに」
旅行好きな彼の両親は、世界各地に別荘を所有している。
だから私も、毎年冬になると砂漠の別荘地でグランヴィル家と交流できるのだ。
「いや、それも考えてたみたいだけど、俺が言ったんだよ。いっそ旅行会社を作ってブルジョワたちに別荘を貸そうって。貴族みたいな暮らしをしてみたい感じだし」
「売らないの?」
「売ったらグランヴィル家のものじゃなくなっちゃうだろ」
まあ、そうだけど。
「お前のところは王都直結だから安心だな」
「まあ、父と兄で2師団抱えてるからね」
うちは軍事領だ。
国王が赴けない際に、前線で指揮をとる。
「二分の一で死ぬけどね。でも最近は領土より金をぶんどるご時世でしょう? 母と私は長生きしてくれそうって思ったけど、父は名誉の死を遂げられないのが悔しいみたい」
「将軍、元気?」
「元気よ。ただ禿げた」
「ブッ」
父の頭頂部に朝陽や夕陽が照るのを嬉しそうに見あげていた幼いダニエルを思い出し、私も笑った。1年だけ私のほうが背が高かった頃がある。それも思い出し、ほくそ笑んだ。
「結婚するなら、相手の父親が禿げてないか要確認」
「お前が禿げるかも」
「はぁ!?」
ばしん、とダニエルの腕を叩く。
その瞬間、私の腕にそっと小さな手が置かれた。
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