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1 令嬢の義務
「私より大きな女を妻と呼べるか! 鏡を見ろ、デブ!!」
「……」
私は、言葉を失った。
将軍である父と兄のメンツが丸潰れだ。
軍功を買われての婚約だったのに、まさか、私が足を引っ張るなんて。
「この婚約はナシだ! まったく、大男みたいな大女を寄こしおって。なにを考えているんだカッセルズ」
「……申し訳ありません」
「帰れ!!」
こうして私は公爵家を追い出され、帰路についた。
帰りの馬車で、私は呆然としていた。
悲しい?
わからない。
ただ、やはり、どうしても。
父と兄に申し訳ない気持ちで一杯だった。
私はそこらの男よりは背が高く、父と兄に可愛がられて男のように育った。
ドレスより乗馬着のほうが好きだ。肉とパンで満腹になるのが好きだ。
でも伯爵家の令嬢として、きちんと結婚しなければならない。
しなければ、いけないのに……
「私、大きくて、太ってる……」
このままでは伯爵令嬢としての務めも果たせず、老いていくだけだ。
「……!」
私は一大決心をして社交界から姿を消した。
かつて王宮に仕えて貴族たちの健康管理を担ったという老医師クロードを雇い、ダイエットに励んだ。食事管理と運動に加え、老医師クロードは私に1日4時間もダンスをさせた。最初は辛かった。だって食べられないから。
「肉うぅぅぅぅぅッ!!」
と、泣き叫んだのは1回や2回じゃない。
老医師クロードは私にハーブで味付けした鶏肉と野菜しか食べさせてくれなかったのだ。私が食べたい肉はそれじゃない。
殺そうかと思った。
でも、あるとき、私は自分が少し細くなっている事に気づいたのだ。
それからは黙々と日課をこなし、ハーブ味の鶏肉を食べた。
10キロ痩せたとき、牛肉とパンが解禁された。
20キロ痩せたとき、焼き菓子が解禁された。
そして30キロ痩せたとき、すべての料理が解禁された。
でも私はもう、満腹になって寛ぎたいとは思わなくなっていた。
「……ダイエットは、魔法ね」
鏡に映る自分の姿を、私は信じられない気持ちで眺めている。
珍しさと、達成感と、歓喜。
30キロ減量した私は、卵型の小さな顔に、切れ長の二重と細い鼻梁、陶器のような肌に、紅い唇。そして9頭身の体に映える長い手足と、形のいい乳房と腰。
あとは昔とは変わらない、うねる長い黒髪と、紫の瞳。
つまり、痩せたらすごく美人だった。
父方は男ばかりで、母方の女はみんなふくよかだから、こんな姿を誰が想像できただろう。私だって毎日びっくりして鏡を二度見している。
私は、公爵様から婚約を破棄された傷物令嬢。
だけど、これなら充分、戦える。
1年の空白を経て、私は社交界に舞い戻った。
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