8 アヴァンズロック

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「てっきりスポーツかと。貴族のお坊ちゃま方が川魚をその場で焼いて食べるなんて、できないと思っていました」  そう言ってノーマは真剣な眼差しを水面に向けている。  僕は釣り竿を構えながら、小柄なノーマのこめかみからほつれて頬にかかる柔らかな髪や、なめらかな首筋、そして肩の曲線を見おろしていた。 「くれぐれもジョシュアには秘密にしてくれ。もちろんベネディクトにも」 「あいつらは気取りすぎなんだよ。これからの時代、もっと豪快に楽しく体を使っていかなきゃ。家名だけじゃ飯が食えなくなる」 「そう。これからは特権階級より商人が力をもつ時代になりますよ。あなたの御父上のように」  兄とダニエルとマーカスが語り掛けても、ノーマは水面から目を逸らさなかった。僕は釣竿を渡した。 「やってみる?」 「ええ」    雲に座るような滑らかさでピアノを奏でたノーマは、今度は足を肩幅に開いてしっかりと立ち力を込めて釣竿を構えた。 「釣りはしないんじゃなかったか?」  兄が言っても、真剣なふりでノーマは返事をしない。  一応、大きな魚がかかったり、小さくてもノーマが驚いて川に落ちないよう、気をつけて見ているつもりだった。それで無意識に手が動いて、空気を挟み体の輪郭をなぞるような形になってしまった。  結局ノーマが釣りあげたのは小魚だったが、鬼気迫る表情で釣竿を引いた様子からして本当に釣りはしないのだとわかった。手を添えて一緒に釣りあげてやらなければならなかったし、夢中になりすぎて川に入ってしまいそうだった。 「これじゃお腹いっぱいにならないわ」  足を踏ん張って息を弾ませて、大真面目に言ったノーマにみんなが笑った。兄さえ滅多に見せない穏やかな笑顔だった。せっかくやり遂げたのに、満足のいく結果とは言えなかったらしい。  しばらくそうやって釣りを楽しんだあと、岩に腰掛け昼食をとった。  レモネードがよく冷えていて美味しかった。  食後、ダニエルとマーカスが軽く山を歩いてみると言い出し、兄は即座に断ってごろんと横になった。するとノーマもふわりと仰向けに草に寝転び、子供のように伸びをした。薄い夏のドレスが体の線を顕わにし、僕は、この場に残るわけにはいかないと悟った。  少しだけ山を登ると、木陰の兄とノーマが見下ろせた。兄は本を腹に乗せ、思索に耽っている。隣と言うには少し離れた位置のノーマは、右腕を額に、左腕を腹部にかけてじっとしていた。眠っているように見える。 「打ち解けるさ」  マーカスが励ますように呟いた。
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