9 罪の味

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9 罪の味

 その日も図書室に集まり、各々が好きに過ごしていた。  酒を呑んで騒ぐのは始めと終わりだけだ。特に今年は、ジョシュアが目録の作成を計画していた。代々受け継がれてきた貴重な書物は、一応カテゴリー別に陳列されている。学術書・哲学書・神学書・地政学・帝王学など……そして娯楽。中には怪しい奇書も含まれているらしいが、実物を確認した事はない。  兄はジョシュアとアーサーに交じり、2階の回廊部へ上がっている。張り切っているのはベネディクトだ。ここで目録作成を経験し、実家の図書室を整理したいらしい。  ダニエルと僕は力仕事を命じられるまで、待機だ。  ノーマと僕は窓辺に立って音楽の話をしていた。ピアノは叔母に手ほどきを受けたらしい。ダニエルが昼食後の眠気に負け、長椅子を占拠して鼾をかいている。 「叔母上もこちらに?」 「いいえ。叔父は長旅に耐えられないから」  どうやら叔母というのは、父方の叔父の奥方を指すようだ。つまり血は繋がっていない。 「才能があったんだね」 「どうかしら。私、上手だった?」 「上手だよ。驚いた」 「どんくさい顔しているものね」 「そんな事は思ってない」  ついこの前、田舎臭いと思ったのは秘密だ。  その素朴な感じが彼女の魅力でもある。 「キャロル様を見て育ったのに、目が肥えないわけないわ」 「一緒に過ごすのは夏の間だけだ」 「それじゃあ尚更、会う度に美しく成長されたんじゃない?」  揶揄うような笑みが少し大人びて見える。  ノーマは様々な表情を持ち、それを惜しげもなく披露するようになっていた。ただそれは僕か、たまにダニエルとベネディクトに向ける姿で、兄やエドマンドソン兄弟には余所行きの顔を保ったままだ。ジョシュアは見るからに優しいから、いるだけで安心しているようだった。  エドマンドソン兄弟はいいとして、兄と打ち解けないのは問題だろう。だが父親の金ありきでノーマを見ている兄の気持ちを知ってしまえば、それも当然だと思えた。 「キャロルは妹みたいなものだ」 「あなたは弟みたいなものだわ」  今のはノーマなりの冗談だ。僕は実際、ノーマの義理の弟になる男で、年上でもある。ちぐはぐな感じが面白くて、示し合わせたようにふたりで笑った。 「嘘。弟じゃないわ」 「気は合うけどね」  ふいに沈黙が落ちた。  ぽっかりと穴があき、そこへすとんと落ちてしまったかのように、ノーマとふたりきりの空間に閉じ込められた。僕らは同じ熱を瞳に抱え、見つめあい、探りあい、確かめあった。それから身を寄せあい、僕がノーマの頬に手を添えて、唇を重ねた。  ダニエルの鼾が酷い。  キスを終わらせると、ノーマが僕を見あげていた。  半開きの濡れた赤い唇から、前歯が少しだけ覗いている。 「散歩しようか」 「ええ」  僕たちは図書室を出て、館を出ずに階段をあがった。  出会った日の深夜、ピアノを探し回ったときのように、ノーマは僕の左側をちょろちょろとついてくる。ふたりとも黙っていた。  そして僕は、兄と寝泊まりする客室の僕に与えられたベッドでノーマを抱いた。  ノーマが初めてではなかったのは、兄と経験したのか、それとも、僕の知らない彼女の社交的繋がりに相手がいるのかわからない。それも実のところどうでもよかった。  ノーマは甘く、柔らかく、僕にぴったりだった。  熱い息を吐いて仰け反るノーマの首筋にしゃぶりつき、運命を呪わずにはいられない。どうして、兄なのか。僕であるべきだった。兄はノーマを知らない。なんとも思っていない。こんなに焦がれた僕にノーマも熱く応えているのに、ノーマは兄と婚約しているのだ。  信じられなかった。  自分が罪を犯している事も含めて。
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