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10 不戦敗
事が済んだ後でも、ノーマは少しずつ親睦を深めているかのような態度を続けた。そして僕もまた、ノーマの隣で兄や幼馴染たちに普段通りの態度をとり続けていた。
自分がそんな事をできるとは思っていなかったし、さして自責の念に囚われもしなかった。むしろ当然とさえ感じていた。兄はノーマを愛していない。だから、ノーマを愛する自分が相応しい。間違っているのは僕ではなく、現状のほうだ。そんな考えばかり浮かぶのはやはり、感じない事にしている罪悪感が胸にこびり付いているからなのだろうか。
考えても仕方なかった。
僕はノーマを求め、彼女も求めた。
だからと言って、頻繁にふたりで姿を消すわけにもいかない。
僕たちは運が良ければ肌を合わせ、兄と幼馴染の目を盗んで指先を絡め、隠れてキスをし、平然と笑顔で会話して、音を奏でた。
ノーマが馬に乗れないというのは本当のようだ。
迎えが10時までに来ないなら、つまり馬車で帰れないなら泊まらせて欲しいと、ノーマがジョシュアに直接頼み込んだらしい。僕と秘密の時間を作るためかと思ったが、僕が馬で送るのも拒否されたので、もしかすると馬に乗るのが嫌いなのかもしれない。
ノーマは昔からいたかのように僕らに馴染んだ。
失敬だとひとりで怒っているキャロルでさえ、ノーマより年上なのだ。そう思うとノーマの肝の座り方は年相応とは言えなかった。キャロルのほうがずっと子供っぽい。
そして夜がきた。
「おやすみ、伯爵夫人」
「おやすみなさい」
ダニエルがあくびをしながら図書室を出て行く際、ノーマは手すりから身を乗り出して応えた。ノーマがチェスを覚えたいと言ったのに兄が断ったので、僕が教えていた。兄はまた頭痛がするらしく夕食後さっさと部屋に篭ってしまったし、いつにもまして冷える夜だったのでジョシュアも早めに安んでいた。ベネディクトはとっくに夢の中だ。
ノーマは覚えが悪く、少し苛々させられた。どうして楽譜が読めてチェスのルールが覚えられないのか、意味がわからない。考えもせず駒を動かすから、戦略もなにもない。そもそも勝とうとしていないのだと気づき愕然とした。苦労して教えた僕の努力は、いったい、なんだったのか。
でも、まあ、彼女なりに楽しんでいるのなら、それでいい。
そう思う事にした。
「ヘイデン、酒を持ってくる」
1階からアーサーの声がした。
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